Category: Strange Strine

Not So Fast, Sonny! Skippy The Bush Kangaroo Has Turned 50!

Skippy the Bush Kangaroo, probably the most-loved Australian children’s TV program in history, has turned 50 years old.
The first episodes screened in Australia in February 1968 and the show remains popular to this day, though only three series comprising 91 episodes were made.
The show premiered outside of Australia. Its run in Japan had effectively ended before Skippy showed in Australia, mainly because the series was made in color, which did not arrive in Australia until 1975.
Skippy told the story of a grey kangaroo and her best friend, a young boy named Sonny Hammond, played by Garry Pankhurst in his only role of significance in an acting career that had finished by his teens. Pankhurst grew up to work in the hospitality business and eventually ended up exporting kangaroo meat for consumption in Asian countries.
Sonny’s father, Matt, was the head ranger at the (fictional) Waratah National Park, as depicted by Ed Devereaux.
Other cast regulars included Sonny’s brother, Mark, portrayed by Ken James, the park pilot, Jerry King, played by Tony Bonner, and park receptionist, Clancy, performed by Liza Goddard.
Skippy was the marsupial equivalent to the likes of Lassie, Flipper and Rin Tin Tin, to name a few animal sleuths, solving all sorts of problems and achieving all manner of feats worthy of a superhero.

The series was one of Australia’s most heavily exported TV programs. It was broadcast in at least 128 countries. Among its versions are Skippy in Norwegian and Finnish, the French, Skippy le kangourou, the Spanish, Skippy el Canguro, Dutch, Skippy de Boskangoeroe, the Russian, Скиппи (телесериал), German, Skippy, das Buschkänguruh, Persianاسکیپی, Italian, Skippy il canguro and of course, Japan, where it was known as カンガルー・スキッピー(kangaruu sukippii).
In Japan, Skippy ran on the NTV network. The show started running in 1966 in a dubbed version, with re-runs playing in an early morning slot into the 1970s.
Skippy was mildly popular. The theme song, 森のスキッピー(Mori no Sukippii) was sung by School Mates, a large group of talented young kids belonging to the Tokyo Music Academy.
The Tokyo Music Academy has schools throughout Japan.
It is closely tied to Watanabe Productions, one of Japan’s biggest talent agencies.
Incredibly, School Mates continues performing to this day, albeit with a complete change of membership.
Moreover, a popular folk band at the time, The Riginnies, also released a song based on the show, called Skippy.

In addition to the TV series, in 1969 there was also the release of a feature-length film called Skippy and the Intruders. See the movie here.

Skippy’s iconic theme also proved to be a winner for transplanted Pom, Eric Jupp, who wrote and performed it. On the back of the successful son, Jupp released a series of Skippy-themed singles, including the main theme.



Skippy remained an integral part of the Australian TV landscape long after its original run.
In 1992, an updated version of the show ran, called The Adventures of Skippy.
In this show, Andrew Clarke played a grown Sonny Hammond, himself now a park ranger, but who retained strong ties to Skippy.
Even this series had a Japanese angle, as you can find out by watching the show below.

And, just as a bonus, here’s the French version of the show’s opening titles.
Skippy – générique en français

先住民視野を中心としたCommonwealth of Australia

考えRooがオーストラリアについてプレゼンをしましたので、その内容が以下の通りとなりました。コメントなどをぜひ送ってください。
今のオーストラリアの概要
* オーストラリアはラテン語で「南大陸」という意味
* 本土に加えてタスマニア島を含め数多くの島々で構成、面積はおよそ770万㎢であり、日本の約25倍ある
* GDPが世界19位、一人当たりのGDPは世界9位
* 人口が2500万人弱、日本の約5分の1
* 住民の80%以上がヨーロッパ系の白人であり、その他にアジア人が約12%、先住民などが約2%
* ヨーロッパ人在住が1788年から始まり、イギリスの刑務植民地として開拓された
* 当時、イギリス法はオーストラリアを「無人」扱いだったが、先住民がそこですでに数万年間住んでいた

オーストラリア先住民と
トレス海峡諸島民


オーストラリア先住民
* 昔、「アボリジニ 」として呼ばれた
* まだ使われているが、「土人」という意味なので「先住民」、「原住民」、「ファースト・ネーションズ」や特定部族名を使うことが主流
* 先住民の定義は、植民地化以前にトレス海峡諸島民を含めてオーストラリア大陸及び周辺諸島に移住した人の子孫
* 現在、援助対象の場合を除き「先住民」認可は基本的に自己申告
* 植民地化当時人口が約300万人とされているが、今の先住民人口は約65万人であり、全体のおよそ2.8%

虹蛇

ドリーミング
* 先住民の宗教にあたるのは「ドリーミング、夢の時」
* 個人のすべての過去と現在と未来がつながっていると信じる
* 各個人のドリーミングが違い、独特なものである
* 部族の象徴でも、習慣でもドリーミングになる
* 全ての知識が先祖から集まると信じる
* 死後、名前を使用することが禁じられている
* 死後、再び土と一緒になると信じる 
* 宗教同様、多くの神話が部族によって異なった
* 共通神話が「虹蛇」
* 虹蛇が創造神話の中心となっている、世界を創ったとされている
* 全てのものが土と一緒になるため聖地が多い
* 有名な例がウルル(エアーズロック)。聖地であるため、最近、2019年から登山禁止されることが発表
コロボリー
* 踊り、音楽、仮装でドリーミングと交流する儀式
* 参加者が体に絵を描く
* 原則として誰でも参加できるが女性などが禁止されたコロボリーもあった
アボリジナル旗
* アボリジナル旗は先住民族の旗であり、オーストラリアの公式な国旗の一つ
* 1971年にハロールド・トーマス(Harold Thomas)によってデザインされた
* 黒は、先住民族の黒い肌の色を表す
* 赤はオーストラリアの土の色であり、過去も未来を表す
* 黄色い丸は生命源である太陽を表す
先住民部族
* 元々先住民は600以上の部族があった
* 各部族に特有文化及び言語があった
* 先住民言語の多くは絶滅したが、未だに120種類以上が使われている
* ほとんどの先住民が英語を母国語としている
* オーストラリア・アボリジニ英語が出来た

先住民部族


世界最長継続文化
* 先住民がオーストラリア到来以降狩猟採集社会となった
* 未だに狩猟採集社会が北部のアーネム半島を中心に継続している
* 継続している文化で世界で最も最長となっている
* 最後の未接触部族が1984年にオーストラリア中央部にて発見された
* 先住民のほとんどが遊牧民族
* ほんの一部を除けば、入植当時農業がほとんどなかった
* 「領土」の感覚がなくて、部族の行動範囲がだいたい決まっても「所有」という感覚がなかった
* 部族内戦争が多発したが、目的が主に限られた食資源と部族外女性を取るため
* 部族内女性を交換することがあった
先住民の道具:ブーメラン
* ブーメランは狩猟やスポーツに使われているこん棒
* いつくかの種類があって、種類によって使用目的が違う
* 手で投げて手元に戻ってくる種類が有名
* 戻ってくるブーメランが楽器、こん棒、デコイなどに使われている
* 戻ってこないブーメランが棍棒か狩猟や戦闘に使われている 
* 史上で人間が最も遠く投げたものがブーメランだった
ディジュリドゥ
* ディジュリドゥ は何千年前から使われ、世界最古の管楽器とされている
* 伝統的にオーストラリア北部しか使われていなかった
* 男性の楽器だった。
* 女性が吹くと妊娠するので吹いてはいけない、部族によっては反対に女性が吹くと不妊になるので吹いてはいけないという伝承がある。女性は触れてもいけないとする部族もある。
* 世界中にオーストラリア先住民のシンボルの一つ
* ディジュリドゥは、先住民の言語の言葉ではない。特定がはっきりしていないがおそらくどこかのヨーロッパの言語の擬音語とされている言葉
ウォメラ
* ウォメラは腕の延長器具であり、槍を遠くて、早くて強くなげられるようにした
* 狩猟に使われた
* 第二次世界大戦後にオーストラリアが宇宙計画を開始、打ち上げ場がこの道具をちなんでウーメラ試験場 と名付けられた

ブルローラー(ターンダン)
* ブルローラー(ターンダン)は先住民の重要な楽器​
* 魔除けに使われた​
* 男性のみ使用され、多くの部族の伝説で空の神の声を示す​

食生活のブッシュ・タッカー ​
* 食生活にバランスをとるように工夫をし、場所によって食べ物が大きく異なった​
* 基本的に肉類がヘビ、オオトカゲ、カンガルー、ポッサム、ハリモグラとエミューだった。植物がフルーツ、マカダミア、種などを含めた。​
* スナックが昆虫で、ウィッチティグラブというイモムシが最も有名な例​
* 甘いものが蜂蜜、樹液やハニーポットあり
先住民の歴史​​
* 先住民たちの先祖がいつ頃オーストラリアに到来したのかは、研究者の間でも意見が分かれている​
* 到来は61,000年から52,000年前とも、125,000年前とも考えられている​
* 恐らくインド経由から到来した​
* 最古の現生人類の化石とされるマンゴマンが約4万年前のもの​
* 白人入植1788年当時、全国で先住民人口が約30万人から約100万人と推定されている​
* 伝染病を最大理由に先住民人口が以降激減した​
* 白人と各地で戦争が行ったが、先住民の完敗となった​
* 大虐殺が20世紀前半まで各地で行なわれた​
* 1920年までに先住民人口が約7万人まで減少した​
* 入植の1788年から20世紀に入る間、ヨーロッパ人の開拓が広がったにつれ、先住民と摩擦が激しくなった​
* ヨーロッパ人の武力が圧倒的に強かったが、先住民死亡の最も大きな理由が病気​
* それでも、虐殺が相次いだ​
* 1830年代末までに基本的に先住民の武装的な抵抗が事実上不可能となった​
* 所々で抵抗できたが事実上イギリス人がオーストラリア全体を君臨した​
* 先住民死亡率が最も高かったのが人口密度が高かった豪北東部(現クィーンズランド州)とタスマニア島​
* 1828年から1832年の間「ブラック・ウォー」がタスマニア島で行った​
* 同島では軍事法下で先住民の殺害を事実上許可することになり、先住民人口が約1,500人から約300人に​
* 19世紀後半ではタスマニア島の先住民が絶滅したとされた(実際には子孫が今でも健在)​
* 「開拓戦争」の関連紛争が1930年代まで続いた​
国民調査参加と「盗まれた世代 」​​​
​* 一部を除けば、先住民に参政権があり国民として認められたが国民調査に含まれていなかった。1967年の国民投票で、やっと他のオーストラリア人同等の位置づけとなった​
* 20世紀初頭~1970年代までヨーロッパ人の血が入っていれば先住民10人に1~3人が強制的に家族からとられ、国家養子として育てられた。これは「盗まれた世代」と言われ、ようやく2008年に国が謝罪した​
* 大虐殺があったかどうかあるいはその規模についての論争及び先住民の参政権や「盗まれた世代」が主な実例で「歴史戦争」の起点となった​
歴史戦争​​​​
* 現在のオーストラリアでは植民地時代と先住民に関する歴史の対立が激しい​
* 保守派は、先住民の存在を認めながらオーストラリアを開発し、裕福化したのはヨーロッパ人開拓者だと主張​
* また、昔のことなので、現代のオーストラリア人の責任ではないという​
* 一方、進歩派は、先住民にお詫びをし、補償すべきだと主張​
* また、先住民と連邦国間の条約の締結を求めている​
* 主に1990年代から2000年代の間に行ったが、はっきりしないで未だに続く
先住民の今​​​​​​
* 土地の所有権について1970年代から先住民の声を取り入れている。「先住権原法」が1993年に執行され、以降先住民が土地の伝統的な所*
* 有者であることを出張した場合先住家裁判所が判定する​
* 1989年~2005年の間アボリジナル・トレス海峡諸島委員会という自治体が先住民の健全な生活として権限が与えられたが、不祥事などによって国が再びこの任務を担った​
* 「盗まれた世代」、土地の所有権など、補償に関する論争や法的手段が続けている​
* 先住民の犯罪率が極めて高く、全国人口の2.8%に対して受刑者全体の約30%が先住民​
* 健康問題が深刻であり、先住民男性の平均寿命が約67才で非先住民オーストラリア人男性の約78才より11才違う。女性は、先住民の平均寿命が約73才に対して非先住民の約82才で9歳差。​
* 健康格差が政府の重要課題と位置づけられている​
* まだまだたくさん課題があるが、以前に比べて前に進んでいる​
先住民の英語​​​​​​​
先住民英語​英語​日本語(一般オージー英語・先住民英語)​
CampHomeキャンプ場・家​
CheekyDisrespectful生意気​・尊敬しない
DeadlyFatal致死的・かっこいい
GubbahCaucasian白人(いずれも)
FellaPerson人(男女問わず)・人(男を暗示)​
Unna?Aint it?だろう?(いずれも)

日本語にある豪先住民語彙​​
日本語​元の言語​
ブーメラン​トルワル後(現シドニー周辺)boumarrang​
コアラ​ダルク語(現シドニー周辺)gula​
ワラビ​ダルク語 walabi​
ディンゴ​ダルク語 dingo​
ウォンバット​ダルク語 whom-batt​
ビラボング​ウィラジリ語(現ニューサウスウェールズ州中央部)bilaban
カンガルー​*グーグ・イミディル語(現クイーンズランド州北部)gangurru​

* 英国人が初めてオーストラリア大陸に上陸した際、先住民にカンガルーを示して「あの動物は何と言うのか?」と訊ねたところ、先住民は英国人の言葉が理解できないため、「(何を言っているのか)わからない」という意味で「カンガルー」と答えたが、訊ねた側は「あの動物は“カンガルー”という名前らしい」と誤解してしまい、これがこの動物の通称となったと言われているが、都市伝説。なお、各部族にカンガルーの通称があって、すべての部族がカンガルーと呼ばなかった
先住民の今​​​​​​
* 豪先住民と関わる日本人が多数存在する。アートやディジュリドゥ関係が多い。しかし、他もいる。例えば:​
* 日本ブーメラン協会がある。​
* 2014年に日本ブーメラン代表が見事に世界チャンピオンとなった​
* 宇宙飛行士土井タカオさんも宇宙にて無重力でブーメランが元に戻ることを検証し、まさに豪先住民らしい実験を行った​

* 豪個人的に最も興味深い日本人・豪先住民関係が角田太作氏​
* 言語学者である角田氏が学生時代豪先住民の絶滅危機にあった言語ワルング語を最後にネイティブとして使った人から同言語を習った​
* 1981年に話せる人が亡くなって言語が絶滅したが、角田氏が教えることになった​
* 今でも、ワルング語を使った部族の子孫に角田さんがワルング語を教えている​
* 一人の日本人の力で一つの豪先住民の大切な言語が残っている​

Full “Boar” Straya!

A Strayan woman is causing waves for “deep-throating” a dead joey (baby kangaroo).
 豪州(ストラヤー)女性が子カンガルーの死体を飲みこみ、「奥まで入れた」として世間を騒がせている。
Pig hunter Natalie Cepeniuk is being attacked online for posting online a photo of her sticking a dead kangaroo’s head in her mouth with the caption that she “may have deep throated a joeys neck.”
 イノシシ狩りのナタリー・セペンユックさんがネット上でカンガルーの死体を飲みこむ写真投稿し、「ジョイ<子カンガルーのこと>を<奥まで入れたかも>」と写真説明を付けた。
Cepeniuk, who admits to being no angel following a spate of criminal charges last year, calls her critics “greenies and haters,” and defends her actions.
 昨年、数件の容疑で刑事裁判があったセペンユックさんが自称「天使じゃないよ」といい、批判している人々を「グリーニー<環境保護主義者の砕けた言い方>とヘイター<憎む奴>」と呼び、自分の行動を正当化している。
She may actually be supported by the Australian Government, which advises that there are cases where the humane euthanizing of joeys whose mothers have been killed is the painless option.
 オーストラリア政府もセペンユックさんも賛同するかもしれない。母カンガルーが死んだ場合、その子カンガルーを安楽死させることが思いやりある選択と助言する。
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Kangaroo Cooking…Roo Meat: It’s Tasty if Ya Cook It!

Japanese have been legally eating kangaroo for longer than most Australians.
Kangaroo meat was imported to Japan and being served in Tokyo restaurants from 1988, five years before meat from the national symbol was legalized for consumption by Australians in all states other than South Australia, where kangaroo could be eaten legally from 1980. (Indigenous Australians had continued eating kangaroo, a traditional food, regardless of the ban.)
Despite the head start, kangaroo meat never really kicked on in Japan, despite its reputation for being a healthy, high-protein, low-fat alternative to beef or pork.
RooMeat was promoted in Japan as being a preferred choice of athletes and models, but the “stars” called upon to plug the meat were not household names. Moreover, the meat was promoted with the somewhat mysterious catch copy of “it’s tasty if you cook it.”
Kangaroo meat can still be purchased in Japan, probably most easily from The Meat Guy, purveyor of fine meats.
Kangaroo meat is also promoted as an environmentally friendly choice as kangaroos produce less methane than cattle.
Some people have also adopted kangatarianism, which is essentially a vegetarian diet that allows for the consumption of kangaroo meat.
Japan’s kangaroo business was also involved in the kangaroo industry, which focuses around the marsupial’s leather, which is regarded as the strongest source of leather for shoes and gloves.
K-Roo kangaroo meat promotions
Premium kangaroo meat promotions


Me and Robbie McGhie

(Sung to the tune of Me & Bobby McGee)
Buggered at the Jolimont Road end, playing the Blues again
Back when having tats meant you were mean
Robbie pulled a durry out, though it was still during the game
Sucked a tinny filled with Tiger dreams
Balmely hooned and swiped a dirty big coathanger
Got ‘em playin’ soft while the Tiges smashed the Blues, yeah
Cheer squad at the Punt Road end was showing form was fine
Grog Squad singing every chant it knew
Freedom’s just another word for beatin’ up the Blues
Beatin’ don’t mean nothin’ without a flag like ’73, no no
And winnin’ under Tommy was easy Lord, ‘specially ‘gainst the Blues
You know, Tigers winning flags was good enough for me
Good enough for me and Robbie McGhie
From Tommy Hafey’s gold mines to always getting done
The past 37 years have destroyed my soul
Through all kinds of weather, through everything we done
Belief in the Tigers kept us from the cold
Now we’re at the ‘G again, the Crows have to play away
We’re at home, a gold jumper is gonna be just fine
And I’m sure all of our tomorrows are gonna be like yesterday
Holdin’ that Premiership cup is gonna be sublime
Freedom’s just another word for beatin’ the Adelaide crew
2017 premiers, that’s what we’re gonna be, yeah
Yeah, feelin’ good is easy when you’re beatin’ up the Crows
A premiership is gonna be good enough for me, mm-hmm
Good enough for me and Robbie McGhie
La da da
La da da da
La da da da da da da da
La da da da da da da da
Robbie McGhie, yeah
La da da da da da da
La da da da da da da
La da da da da da da
Robbie McGhie, yeah
La da La la da da la da da la da da
La da da da da da da da da
Hey, Robbie
Oh, oh Robbie McGhie, yeah
La la la la la la la la
La la la la la la la la la la la la la la la
Hey, Robbie
Oh, oh Robbie McGhie, yeah
Well, I call him an idol, a premiership back man
I said, not too high on talent, but did the best he can, c’mon
Hey now, Robbie now
Hey now, Robbie McGhie, yeah
Woo
La da, la da, la da, la da, la da, la da, la da, la la
Hey, hey, hey Robbie McGhie, yeah
La da, la da, la da, la da, la da, la da, la da, la
Hey, hey, hey, Robbie McGhie, yeah

* Apologies to Janis Joplin and Kris Kristofferson

Robert “Bones” McGhie was a dual premiership player (1973-1974) for the Richmond Football Club. The heavily tattooed McGhie started his career with Footscray, returned there following his time at Richmond and ended his career at South Melbourne, the team that became the Sydney Swans. He was a fine defender who perhaps didn’t get the accolades he deserved because of his looks, but he has forever been immortalized for having a smoke and a beer on the football field following the 1973 Grand Final, symbolizing a different age from the current milquetoast world of the AFL and extremely healthy lifestyles.
McGhie’s tale of durries and tinnies has been picked up by the Australian Broadcasting Corporation in the lead-up to Saturday’s Grand Final, when the Tigers take on the Adelaide Crows. Should the Tiges win, it’s likely to be slabs all round in Melbourne at least.
Robert ‘Bones’ McGhie: Famous smoking Richmond Tigers footballer revisits MCG

1973 VFL Grand Final (featuring Robbie McGhie)

1974 VFL Grand Final (featuring Robbie McGhie)

1980 VFL Grand Final (Richmond’s most recent premiership, but not featuring Robbie McGhie)

Strange Straya Tucked Away in a Tract in Tokyo

Uluru curry

Ayer’s Rock Cafe is located in a distant corner of Machida, an outer suburb of Tokyo.
Why the cafe located in such a distant tract of Tokyo derives its name from the now non-PC moniker of Uluru is something of a mystery, but it has been operating since 2000 and comes highly recommended by members of a nearby horse-riding club and large private school, so it must be getting something right.
For Aussies, there’s nothing on the menu that really makes it worthwhile making the trek out to the cafe for a need to combat homesickness.
The cafe does serve Bundaberg Rum and is decorated with standard Aussie kitsch like tourist-oriented Indigenous Australian trinkets like boomerangs and digeridoos, copies of Australian road signs, a few items of bush jewelry and assorted items from Carlton & United Breweries.
The one menu item that does play on the cafe’s Australian association is Uluru curry.
This curry is a dried curry served atop a healthy pile of rice and presented in a way that makes it bear something of a resemblance to Uluru.
The curry is served with side dishes of salad and yogurt, and all are tasty and filling.
The curry is mild and its appearance at least gives something of an Australian flavor that doesn’t seem to come from anywhere else served at the establishment.
Other dishes are tasty, but not noteworthy. They will not disappoint the taste buds, but may not please the pocket.
Recommended are the set menus, which include a main meal, a donut from Daddy’s Donuts, which the cafe also deals in, and a drink for around 1,300 yen to 1,400 yen are probably best.
Indeed, the donut was delicious, made with little oil and with a light fluffy taste with a crisp outer crust.
The donut is served with a scoop of ice cream, which can be topped with cinnamon or rum sauce or both, and berries with garnishing of castor sugar.
The dish is excellent and the donuts come in four flavors of plain, sesame, soybean or early grey.
Also recommended is the coffee, which was dark with a rich, satisfying taste and powerful aroma.

Sexism Sells…Aussie Princes and Arresting the Great Japanese Tourist Decline

Japan’s Aussie Prince Campaign website seeking women’s photos of sexy blokes

In this day and age, it would be unthinkable to use taxpayers’ hard-earned money to promote a campaign promising a 1 million yen order-made trip to Australia for a young bloke sending in photos of a sexy member of the opposite sex.
But, when the shoe’s on the other foot, it seems to be all right.
At least, it was until just a few years ago.
For a while in the late Noughties to early 2010s, Tourism Australia worked desperately hard to arrest a drastic and dramatic decline in Japanese tourist numbers.

Japanese Visitors to Australia 2002-2012

Part of those efforts involved a campaign that Tourism Australia conducted in Japan back in 2009-2010. The campaign played on the Japanese homophones (words that sound the same but have different meanings) for Aussie (oojii in Japanese) and prince (ouji in Japanese).
The Oojii Ouji Campaign promised a 1 million yen prize to the entrant that provided Tourism Australia with the best story of a visit to Australia. Participants were also asked to send in a photo of an Aussie they’d enjoyed spending time with. The implied wording of the campaign (using “prince” in Japanese immediately implies a Disney-style, good-looking and virile hetero male who can sweep a woman of her feet) and actual use of only good-looking young Aussie blokes to promote the cause in Japan made it fairly obvious the promotion was all about physical attraction.

Aussie “princes” promoting the tourism campaign

The “princes” Australia sent to Tokyo to promote the campaign were Aborigine Prince Warren Clements, Great Emotion Prince Nick Atkins, Wine Prince Brett Stanley, Beach Prince Shannon Eckstein and Sports Prince Ben Tomkins.
Tourism Australia made no secret of targeting women in their 20s and 30s, a gender-oriented promotion they would not be able to engage in back in Australia.
Actually, it makes sense for tourist organizations to target younger Japanese women. They are less likely to be caught in overtime trap, have more of a chance of building up disposable income (especially if they’re living at home) and can be a bit more adventurous.
Ultimately, destiny made the campaign’s timing disastrous. Before the effects of the campaign could be felt, the Great East Japan Earthquake struck and there were far more serious issues to deal with.

The website featuring “Aboriginal Prince” Warren Clements

Tourism Australia has reverted to a more standard approach to promoting the country in Japan, which no longer has the importance for the Australian tourist market that it held when it was sending 700,000-800,000 people a year Down Under from the mid-1990s to the early Noughties. Hordes of Chinese tourists swooping into Australia have made the need to encourage more Japanese to visit a far less critical issue than it was a decade ago.