Category: Unknown Nichigo

Tour of Japan’s Taste of Oz

Bennelong-Swisswellness riders in the peloton at the 2018 Tour of Japan

The Tour of Japan 2018 ended Sunday in Tokyo with Spaniard Marcos Garcia of the Kinan Racing Team claiming the general classification title.
Slovenian Grega Bole of Bahrain-Meridatook the Blue Jersey for the points classification.
Local hero Yuzuru Suzuki took the King of the Mountain crown riding for Utsunomiya Blitzen.
Australia’s own Chris Harper won the White Jersey for the tour’s best young rider while competing for Bennelong Swisswellness. Harper also finished 4th in the GC.
Martin Laas of Team Illuminate took the final stage in Tokyo.
Kinan Racing Team won the team classification, but it’s Bennelong Swisswellness that we’re interested in here.
Bennelong Swisswellness, in its various incantations, has taken part in the Tour of Japan annually since 2012 and have a strong record in the prestigious tour sanctioned by the UCI, with 5 stage wins.
Bennelong-Swisswellness has been Australia’s strongest continental team for the past 8 years.
The team boasts some fabulous riders, many of them young, but also a veteran here and there who have achieved considerable success on the professional cycling circuit.
Australia has a long and proud record of cycling, punching well above its weight on the track and the road.
Check out the gallery below to see some of the action from the eighth and final stage of the 2018 Tour of Japan in Tokyo on May 27, 2018.

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Campbelltown Forest of Wild Birds A Slice of Oz in Sleepy Saitama

Koshigaya, located some 30 kilometers from downtown Tokyo, and Campbelltown, which is situated about 50 kilometers from Sydney’s central business district, were almost made for each other, even if only serving as satellite cities for their respective countries’ largest cities.
Koshigaya and Campbelltown are sister cities and it’s hard to see a better example of the custom than the relationship between the Japanese bed town and its Aussie sibling.
Koshigaya is also home to a picturesque corner of Australia, complete with wallabies, emus and some lovely wild birds, including rainbow lorikeets, superb parrots, Major Mitchell’s cockatoos, tawny frogmouths and kookaburras.
The Campbelltown Forest of Wild Birds in Koshigaya could arguably be one of the Kanto Plains areas best-kept secrets.
Though only a small-scale park, the attraction is overall an excellent one as it gives a reasonably close view of some delightfully colorful (mostly) Australian birds in a fairly authentic aviary, the largest of its type in Japan.
Surrounding the aviary are plenty of gum trees, adding to the Down Under-flavor of the Saitama Prefecture city.
Koshigaya and Saitama became sister cities in 1984, one of the earliest formal relationships between local governments in Australia and Japan.
The Campbelltown Forest of Wild Birds opened in 1995 to commemorate the 10th anniversary of the sister-city relationship.
Campbelltown reciprocates with its Koshigaya Park, containing Japanese gardens.
Details of the Campbelltown Forest of Wild Birds in Koshigaya are as follows:
Campbelltown Forest of Wild Birds(Japanese link)
272-1 Daikichi, Koshigaya, Saitama Prefecture, 343-0008
Open: 9 a.m. to 4 p.m. Closed Mondays, new year season holidays
Entrance fees: Adults 100 yen, children (primary and middle-school students) 30 yen
Related information on Koshigaya-Campbelltown ties
Campbelltown-Koshigaya Sister Cities Association
Campbelltown City Council page on sister city relations
Campbelltown-Koshigaya Sister Cities Association student delegates arrive to celebrate the 30th anniversary of their relationship
Campbelltown-Koshigaya friendship is 30 years young





先住民視野を中心としたCommonwealth of Australia

考えRooがオーストラリアについてプレゼンをしましたので、その内容が以下の通りとなりました。コメントなどをぜひ送ってください。
今のオーストラリアの概要
* オーストラリアはラテン語で「南大陸」という意味
* 本土に加えてタスマニア島を含め数多くの島々で構成、面積はおよそ770万㎢であり、日本の約25倍ある
* GDPが世界19位、一人当たりのGDPは世界9位
* 人口が2500万人弱、日本の約5分の1
* 住民の80%以上がヨーロッパ系の白人であり、その他にアジア人が約12%、先住民などが約2%
* ヨーロッパ人在住が1788年から始まり、イギリスの刑務植民地として開拓された
* 当時、イギリス法はオーストラリアを「無人」扱いだったが、先住民がそこですでに数万年間住んでいた

オーストラリア先住民と
トレス海峡諸島民


オーストラリア先住民
* 昔、「アボリジニ 」として呼ばれた
* まだ使われているが、「土人」という意味なので「先住民」、「原住民」、「ファースト・ネーションズ」や特定部族名を使うことが主流
* 先住民の定義は、植民地化以前にトレス海峡諸島民を含めてオーストラリア大陸及び周辺諸島に移住した人の子孫
* 現在、援助対象の場合を除き「先住民」認可は基本的に自己申告
* 植民地化当時人口が約300万人とされているが、今の先住民人口は約65万人であり、全体のおよそ2.8%

虹蛇

ドリーミング
* 先住民の宗教にあたるのは「ドリーミング、夢の時」
* 個人のすべての過去と現在と未来がつながっていると信じる
* 各個人のドリーミングが違い、独特なものである
* 部族の象徴でも、習慣でもドリーミングになる
* 全ての知識が先祖から集まると信じる
* 死後、名前を使用することが禁じられている
* 死後、再び土と一緒になると信じる 
* 宗教同様、多くの神話が部族によって異なった
* 共通神話が「虹蛇」
* 虹蛇が創造神話の中心となっている、世界を創ったとされている
* 全てのものが土と一緒になるため聖地が多い
* 有名な例がウルル(エアーズロック)。聖地であるため、最近、2019年から登山禁止されることが発表
コロボリー
* 踊り、音楽、仮装でドリーミングと交流する儀式
* 参加者が体に絵を描く
* 原則として誰でも参加できるが女性などが禁止されたコロボリーもあった
アボリジナル旗
* アボリジナル旗は先住民族の旗であり、オーストラリアの公式な国旗の一つ
* 1971年にハロールド・トーマス(Harold Thomas)によってデザインされた
* 黒は、先住民族の黒い肌の色を表す
* 赤はオーストラリアの土の色であり、過去も未来を表す
* 黄色い丸は生命源である太陽を表す
先住民部族
* 元々先住民は600以上の部族があった
* 各部族に特有文化及び言語があった
* 先住民言語の多くは絶滅したが、未だに120種類以上が使われている
* ほとんどの先住民が英語を母国語としている
* オーストラリア・アボリジニ英語が出来た

先住民部族


世界最長継続文化
* 先住民がオーストラリア到来以降狩猟採集社会となった
* 未だに狩猟採集社会が北部のアーネム半島を中心に継続している
* 継続している文化で世界で最も最長となっている
* 最後の未接触部族が1984年にオーストラリア中央部にて発見された
* 先住民のほとんどが遊牧民族
* ほんの一部を除けば、入植当時農業がほとんどなかった
* 「領土」の感覚がなくて、部族の行動範囲がだいたい決まっても「所有」という感覚がなかった
* 部族内戦争が多発したが、目的が主に限られた食資源と部族外女性を取るため
* 部族内女性を交換することがあった
先住民の道具:ブーメラン
* ブーメランは狩猟やスポーツに使われているこん棒
* いつくかの種類があって、種類によって使用目的が違う
* 手で投げて手元に戻ってくる種類が有名
* 戻ってくるブーメランが楽器、こん棒、デコイなどに使われている
* 戻ってこないブーメランが棍棒か狩猟や戦闘に使われている 
* 史上で人間が最も遠く投げたものがブーメランだった
ディジュリドゥ
* ディジュリドゥ は何千年前から使われ、世界最古の管楽器とされている
* 伝統的にオーストラリア北部しか使われていなかった
* 男性の楽器だった。
* 女性が吹くと妊娠するので吹いてはいけない、部族によっては反対に女性が吹くと不妊になるので吹いてはいけないという伝承がある。女性は触れてもいけないとする部族もある。
* 世界中にオーストラリア先住民のシンボルの一つ
* ディジュリドゥは、先住民の言語の言葉ではない。特定がはっきりしていないがおそらくどこかのヨーロッパの言語の擬音語とされている言葉
ウォメラ
* ウォメラは腕の延長器具であり、槍を遠くて、早くて強くなげられるようにした
* 狩猟に使われた
* 第二次世界大戦後にオーストラリアが宇宙計画を開始、打ち上げ場がこの道具をちなんでウーメラ試験場 と名付けられた

ブルローラー(ターンダン)
* ブルローラー(ターンダン)は先住民の重要な楽器​
* 魔除けに使われた​
* 男性のみ使用され、多くの部族の伝説で空の神の声を示す​

食生活のブッシュ・タッカー ​
* 食生活にバランスをとるように工夫をし、場所によって食べ物が大きく異なった​
* 基本的に肉類がヘビ、オオトカゲ、カンガルー、ポッサム、ハリモグラとエミューだった。植物がフルーツ、マカダミア、種などを含めた。​
* スナックが昆虫で、ウィッチティグラブというイモムシが最も有名な例​
* 甘いものが蜂蜜、樹液やハニーポットあり
先住民の歴史​​
* 先住民たちの先祖がいつ頃オーストラリアに到来したのかは、研究者の間でも意見が分かれている​
* 到来は61,000年から52,000年前とも、125,000年前とも考えられている​
* 恐らくインド経由から到来した​
* 最古の現生人類の化石とされるマンゴマンが約4万年前のもの​
* 白人入植1788年当時、全国で先住民人口が約30万人から約100万人と推定されている​
* 伝染病を最大理由に先住民人口が以降激減した​
* 白人と各地で戦争が行ったが、先住民の完敗となった​
* 大虐殺が20世紀前半まで各地で行なわれた​
* 1920年までに先住民人口が約7万人まで減少した​
* 入植の1788年から20世紀に入る間、ヨーロッパ人の開拓が広がったにつれ、先住民と摩擦が激しくなった​
* ヨーロッパ人の武力が圧倒的に強かったが、先住民死亡の最も大きな理由が病気​
* それでも、虐殺が相次いだ​
* 1830年代末までに基本的に先住民の武装的な抵抗が事実上不可能となった​
* 所々で抵抗できたが事実上イギリス人がオーストラリア全体を君臨した​
* 先住民死亡率が最も高かったのが人口密度が高かった豪北東部(現クィーンズランド州)とタスマニア島​
* 1828年から1832年の間「ブラック・ウォー」がタスマニア島で行った​
* 同島では軍事法下で先住民の殺害を事実上許可することになり、先住民人口が約1,500人から約300人に​
* 19世紀後半ではタスマニア島の先住民が絶滅したとされた(実際には子孫が今でも健在)​
* 「開拓戦争」の関連紛争が1930年代まで続いた​
国民調査参加と「盗まれた世代 」​​​
​* 一部を除けば、先住民に参政権があり国民として認められたが国民調査に含まれていなかった。1967年の国民投票で、やっと他のオーストラリア人同等の位置づけとなった​
* 20世紀初頭~1970年代までヨーロッパ人の血が入っていれば先住民10人に1~3人が強制的に家族からとられ、国家養子として育てられた。これは「盗まれた世代」と言われ、ようやく2008年に国が謝罪した​
* 大虐殺があったかどうかあるいはその規模についての論争及び先住民の参政権や「盗まれた世代」が主な実例で「歴史戦争」の起点となった​
歴史戦争​​​​
* 現在のオーストラリアでは植民地時代と先住民に関する歴史の対立が激しい​
* 保守派は、先住民の存在を認めながらオーストラリアを開発し、裕福化したのはヨーロッパ人開拓者だと主張​
* また、昔のことなので、現代のオーストラリア人の責任ではないという​
* 一方、進歩派は、先住民にお詫びをし、補償すべきだと主張​
* また、先住民と連邦国間の条約の締結を求めている​
* 主に1990年代から2000年代の間に行ったが、はっきりしないで未だに続く
先住民の今​​​​​​
* 土地の所有権について1970年代から先住民の声を取り入れている。「先住権原法」が1993年に執行され、以降先住民が土地の伝統的な所*
* 有者であることを出張した場合先住家裁判所が判定する​
* 1989年~2005年の間アボリジナル・トレス海峡諸島委員会という自治体が先住民の健全な生活として権限が与えられたが、不祥事などによって国が再びこの任務を担った​
* 「盗まれた世代」、土地の所有権など、補償に関する論争や法的手段が続けている​
* 先住民の犯罪率が極めて高く、全国人口の2.8%に対して受刑者全体の約30%が先住民​
* 健康問題が深刻であり、先住民男性の平均寿命が約67才で非先住民オーストラリア人男性の約78才より11才違う。女性は、先住民の平均寿命が約73才に対して非先住民の約82才で9歳差。​
* 健康格差が政府の重要課題と位置づけられている​
* まだまだたくさん課題があるが、以前に比べて前に進んでいる​
先住民の英語​​​​​​​
先住民英語​英語​日本語(一般オージー英語・先住民英語)​
CampHomeキャンプ場・家​
CheekyDisrespectful生意気​・尊敬しない
DeadlyFatal致死的・かっこいい
GubbahCaucasian白人(いずれも)
FellaPerson人(男女問わず)・人(男を暗示)​
Unna?Aint it?だろう?(いずれも)

日本語にある豪先住民語彙​​
日本語​元の言語​
ブーメラン​トルワル後(現シドニー周辺)boumarrang​
コアラ​ダルク語(現シドニー周辺)gula​
ワラビ​ダルク語 walabi​
ディンゴ​ダルク語 dingo​
ウォンバット​ダルク語 whom-batt​
ビラボング​ウィラジリ語(現ニューサウスウェールズ州中央部)bilaban
カンガルー​*グーグ・イミディル語(現クイーンズランド州北部)gangurru​

* 英国人が初めてオーストラリア大陸に上陸した際、先住民にカンガルーを示して「あの動物は何と言うのか?」と訊ねたところ、先住民は英国人の言葉が理解できないため、「(何を言っているのか)わからない」という意味で「カンガルー」と答えたが、訊ねた側は「あの動物は“カンガルー”という名前らしい」と誤解してしまい、これがこの動物の通称となったと言われているが、都市伝説。なお、各部族にカンガルーの通称があって、すべての部族がカンガルーと呼ばなかった
先住民の今​​​​​​
* 豪先住民と関わる日本人が多数存在する。アートやディジュリドゥ関係が多い。しかし、他もいる。例えば:​
* 日本ブーメラン協会がある。​
* 2014年に日本ブーメラン代表が見事に世界チャンピオンとなった​
* 宇宙飛行士土井タカオさんも宇宙にて無重力でブーメランが元に戻ることを検証し、まさに豪先住民らしい実験を行った​

* 豪個人的に最も興味深い日本人・豪先住民関係が角田太作氏​
* 言語学者である角田氏が学生時代豪先住民の絶滅危機にあった言語ワルング語を最後にネイティブとして使った人から同言語を習った​
* 1981年に話せる人が亡くなって言語が絶滅したが、角田氏が教えることになった​
* 今でも、ワルング語を使った部族の子孫に角田さんがワルング語を教えている​
* 一人の日本人の力で一つの豪先住民の大切な言語が残っている​

Kangaroo Cooking…Roo Meat: It’s Tasty if Ya Cook It!

Japanese have been legally eating kangaroo for longer than most Australians.
Kangaroo meat was imported to Japan and being served in Tokyo restaurants from 1988, five years before meat from the national symbol was legalized for consumption by Australians in all states other than South Australia, where kangaroo could be eaten legally from 1980. (Indigenous Australians had continued eating kangaroo, a traditional food, regardless of the ban.)
Despite the head start, kangaroo meat never really kicked on in Japan, despite its reputation for being a healthy, high-protein, low-fat alternative to beef or pork.
RooMeat was promoted in Japan as being a preferred choice of athletes and models, but the “stars” called upon to plug the meat were not household names. Moreover, the meat was promoted with the somewhat mysterious catch copy of “it’s tasty if you cook it.”
Kangaroo meat can still be purchased in Japan, probably most easily from The Meat Guy, purveyor of fine meats.
Kangaroo meat is also promoted as an environmentally friendly choice as kangaroos produce less methane than cattle.
Some people have also adopted kangatarianism, which is essentially a vegetarian diet that allows for the consumption of kangaroo meat.
Japan’s kangaroo business was also involved in the kangaroo industry, which focuses around the marsupial’s leather, which is regarded as the strongest source of leather for shoes and gloves.
K-Roo kangaroo meat promotions
Premium kangaroo meat promotions


Straya, We’ll See Your Vegemite Chocolate and Raise You with Cough Lolly KitKats

Strewth! It doesn’t get much worse than the latest KitKat concoction to hit Japanese stores, which arguably takes the title of world’s worst chocolate unofficially claimed by Australia when it produced Vegemite chocolate back in June 2015.
KitKat Nodoame flavor is now selling at Japanese retail outlets and is the latest in a line of Japanese KitKat flavors that extends well beyond 200.
It should be noted, that <i>nodoame is the Japanese word for throat lozenge, and that’s exactly what’s been dished up in the latest KitKat…a throat lozenge flavored-chocolate!!!!
For what it’s worth, throat lozenge-flavored KitKat tastes exactly as it sounds, with your average cough lolly covered by waffle and coated in a layer of chocolate.
The Nodoame KitKat is sold in a box adorned by a caricature of soccer commentator Yasutaro Matsuki cheering Japan on to its ultimately successful qualification for the 2018 World Cup finals in Russia (which it achieved by defeating Australia’s hapless Socceroos at Saitama Stadium 2002 on August 31, 2017).
The presumed use of Matsuki to promote the flavor is because his shouting for Japan precludes the need for a throat lozenge.
Japanese KitKat Flavors (not a complete list…site in Japanese)
Japanese KitKat flavors page 1
Japanese KitKat flavors page 2
Japanese KitKat flavors page 3
Vegemite chocolate ad from back in the day

Tokyo’s Strange Socceroos

Japan has a strange affinity when it comes to using Australian animals for its advertising.
A number of major Japanese corporations use koalas and roos to plug their products and services.
One with a difference is Hayashi Corporation, a construction company with a history of over 100 years and based in suburban Tokyo.
Hayashi Corporation’s Fuchu branch office entrance is adorned with photos of a family of cartoon kangaroos decked out in soccer gear, just like Australia’s national football team, the Socceroos.
Japan’s next opponent in World Cup qualifying is Australia, but there’s no connection.
What is interesting to note, though, is that the kangaroos had been painted over until quite recently. They were restored after many years and now stand out prominently.
The reason for why this marsupial touch has been added to outer suburban Tokyo remains a mystery, though.

Japan’s Crucial Role in Turning “Mad Max” into a Global Aussie Icon

The Japanese movie poster for “Mad Max”

Turning the clock back 40 years, Japan played a crucial role in giving Australia a leg-up toward becoming a player in the global movie industry.
In late 1977, a couple of fledgling Australian filmmakers pooled their meager funds and shot a movie starring mostly unknown young actors and actual motorcycle gang members serving as extras.
Almost two years later, Mad Max opened Australian theaters and became a steady, but controversial hit. The car action movie was immediately banned in New Zealand as some of its motorcycle gang violence resembled actual events in the market most closely resembling Australia’s.
Australia’s movie industry was in the middle of a growing renaissance, backed by a generous government funding program and the emergence of a large number of talented directors and actors. Mad Max was made for a mere pittance in movie terms, costing just $350,000. Backed by the steady performance at the Australian box office, the movie’s first overseas sale was made to Japan, then a country where bosozoku motorcycle gangs were having their heyday.
Mad Max became a massive hit in the world’s second-largest movie market. This Big in Japan success made overseas sales a much easier task and the movie was sold widely across the globe. It would be a slow burner that flared following the phenomenal success of its first sequel, Mad Max 2, released in 1981. The box office for Mad Max would eventually surpass $100 million and for more than two decades it would hold the world record for the greatest ratio between production cost and box office.

“Fist of the North Star”

These sales led to a sequel and opened the door for the actor in the title role,Mel Gibson, to become a global superstar (until he destroyed his career a quarter of a century later in a drunken rant about Jews followed by enraged verbal and allegedly physical attacks on the mother of his youngest child). Further sequels, Mad Max: Beyond Thunderdome, which came out in 1985, and 2015’s Mad Max: Fury Road with Briton Tom Hardy playing the titular character.
Mad Max created an enormous legacy that went much further than the sequels and Gibson turning into a Hollywood superstar. The effects were particularly strong in terms of Australia-Japan collaborations. The movie itself benefited greatly from Kawasaki, which donated all the motorcycles used in the film. But there was much more.
Drawing heavily from the Mad Max saga, the enduring Fist of the North Star would become one of Japan’s most successful manga in the 1980s and made stars of its writer, Buronsanand illustrator, Tetsuo Hara.
Akira Kushida would get one of his early hits with Rollin’ into the Night, which played over the end credits of the Japanese version of the movie.
As noted in the accompanying newspaper article from the May 10, 1982, edition of the Melbourne Age, the success of the early editions in the series would spark joint movie production efforts between Japan and Australia.
The article mentions a movie under production and entitled “The Southern Cross.” The first-ever joint Australia-Japan feature film collaboration would eventually come out later in 1982 with the new English title of The Highest Honor (it would remain under its original title in Japanese). That movie was quickly forgotten, but it is notable for being the debut movie of Hitomi Kuroki, still one of Japan’s most successful actresses to this day.