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An Australian Christmas

christmas-kangaroo
Australians have a special way of spreading Christmas cheer
Ploughing snow is a big no-no, we have sun over here
Roos R-L
Christmas pud is a pav instead, while lunch is on the beach
Cold ham replaces turkey, And we have three servings each

Kangaroos help Santa out, ‘Cause reindeer just won’t do
For they don’t know the bush so well, roos just bound on through

Forget the fur lined boots this year, thongs are what we need
Rudolf will have to sit it out, while Skippy takes the lead

But don’t you worry, have no fear, Santa’s used to us down here!

NSFW (or kids) Classic Australian Christmas Song

A Little-Known, Bizarre Australia-Japan Christmas Story

豪のクリスマス・ソング:Deck the Shed
豪のクリスマス・ソング:Christmas on the Station
豪のクリスマス・ソング:Christmas Photo
豪のクリスマス・ソング:Aussie Jingle Bells
豪のクリスマス・ソング:Six White Boomers

South African band Die Antwoord also does an interesting cover of Kevin Bloody Wilson‘s Australian Christmas classic.

Brace Yourself, Sydney…Here Comes Kyary Pyamu Pyamu

Kyary Pamyu PamyuColorful Japanese entertainer Kyary Pyamu Pyamu will play one show in Australia later this month as part of her Nanda Collection World Tour 2014.
Demand to see the performer probably best known for her flamboyant 2011 viral video “Pon Pon Pon” has been enormous and her only Australian show on March 23 was shifted from Sydney’s Metro Theater to the considerably larger UNSW Roundhouse.
The often infantile 21-year-old whose full stage name is Caroline Charonplop Kyary Pamyu Pamyu (her real name is Kiriko Takemura) is currently among the best-selling contemporary performers and is easily Japan’s best-known singer among 20-somethings outside of her homeland.
Although Kyary Pyamu Pyamu has a reputation outside of Japan as being something of a non-conformist, most of her innovation comes from a marketing team playing on the image she cultivates cleverly. Nonetheless, there’ll be no shortage of color or noise at her show.
kyary-pamyu-pamyu_2m3m1qjnv7cKyary Pyamu Pyamu’s Nanda Collection World Tour 2014 comprises shows in 15 cities in 10 countries over a five-month span from February to June this year.

Pon Pon Pon

Mottainai Land

Fashion Monster

Tickets for Kyary Pyamu Pyamu’s sole Australian show are available through Ticketek

豪の謎な「マンゴ・ミステリー」が解けちゃった

big-mangoオーストラリアの不思議なキッチュオな町おこしオブジェ「Big Things」のひとつである重さ10トンに高さ約4メートルのBig Mangoが今週一旦盗まれたり、見つけられたりして、これに関連して最終的にさまざまな出来事がチキンチェーン店のPRスタントであったことが26日付で分かった。
 Big Mangoは、豪北部クィーンズランド州にある同国マンゴ生産一ボエンという町に2002年に地域名物を称えるうえに観光を促進するために設置された。
 設置してから2007年にヒュー・ジャックマンニコール・キッドマン主演「オーストラリア」のロケ地となった期間を除けば同町が平凡な田舎町としてやってきたが、今週24日となったいきなり有名な町象徴ひとつであるBig Mangoの姿が消えていた。
 同日、監視カメラが撮影した映像では同オブジェをクレーンが運んでる場面が映られている、という発表があった。
 また、翌日、同町内にシートに囲まれている巨大マンゴが見つけられた。
 そして、見つかったと同時に米国ファストフードチェーンであるナンドーズが「ボエンの方々に感謝しています。少しの間あなたたちのマンゴをお借りしております。ちゃんと戻すととも理由などを説明いたします」と豪法人ウェブサイトで声明文を出した。
熱帯雨林地の美味しい宝物のBig Mango
Big Thingsクイーンズランド州編
Where the Cluck is the Bowen Big Mango?
Big Mango tourist attraction stolen from Bowen has been found
‘Stolen’ big mango revealed as a hoax by Nando’s

Tjukurrpa, Terra Australis, New Zealand, EendrachtslandそしてAustraliaへ

Map of New Holland

Map of New Holland

「オーストラリア」は、ラテン語で「南の大きな大陸」という意味だ。
日本と同じようにオーストラリアも歴代国名も多数ある。
数万年前から今でいうオーストラリアに住んだ先住民たちは「国」というコンセプトさえなかったので、何百もあった部族に暮らし国全体を理解することはなかった。
その変わり、「夢期(ドリーミング)」ということがあった。その「夢期」は、世・存在やすべての物を含めて人それぞれ独自で解釈するすごく抽象的な意味があるが、その中「土」ようは「住む所」などの意味も含めた。その延長で「夢期」と「国」は、ある意味でイコールである。だとしたら、国名と「夢期」が同じであれば無理がない(まあ、あるけどさ、、、言いたいことがわかるよね)。言語も部族によって異なったため何百個もあったので当然言葉が違うが大きな部族の「夢期」の言葉はアレンテ族のTjukurrpa「ジュカーパ」が最もよく使われている例として挙げているじゃないかな?
ヨーロッパ人が今のオーストラリアと接するようになるのは1606年のことだった。古代ローマ時代から地球の南に大きな大陸があるだろうと思われて「Terra Australis(南の土地)」と噂したが確実にその所があったかどうか検証できなかった。
A 17th century map of Eendrachtsland, an early name for what is now Australia

A 17th century map of Eendrachtsland, an early name for what is now Australia

しかし、1606年にオランダ人探検家であるWillem Janszoonが今ウェイパというクイーンズランド州の都市であり、ヨーク岬半島に位置し、カーペンタリア湾に面する。乗務員10人が殺されたり、土地があまり良くなくすぐ去ってオランダ領東インドに戻ったが、探検した国をオランダのゼーラント州にちなんで「ニウ・ゼーラント」と名づけた。しかし、その名前が浸透しなかった(後になってオーストラリアの隣国であるニュー・ジーランドで使えるようになったが)。でも、数年間オーストラリアがニュー・ジーランドと呼ばれたのが事実だ。
数年後の1612年10月。同じオランダ人Dirk Hartogが今のオーストラリア北西部にある世界遺産であるシャーク湾周辺に着陸し、3日間探検して初めて同国の一部の地図を作った。その上、別の名前を名づけた。それが自分の船をちなんで、「Eendrachtsland(Eendrachtsの国という意味)」だった。
Willem Janszoon: The first recorded European visitor to Australia

Willem Janszoon: The first recorded European visitor to Australia

17世紀前半ではTerra AustralisあるいはEendrachtslandと呼ばれたが、ヨーロッパ人が行くことがほとんどなかった。17世紀後半になると多くのオランダ人探検家がオーストラリアと接し、同国が「ニュー・ホランド(新オランダ)」と呼ばれるようになった。
以降、「ニュー・ホランド」またはTerra Australisと呼ばれた。1770のキャプテン・クック探検及び1788年イギリスが植民地化した後口語では「ボタニー・ベイ(Botany Bay)」と呼ばれることもあったが19世紀に入るとやっと国名を、ラテン語の英語化である「オーストラリア(Australia)」にした。
1824年当時事実上オーストラリアを統治したイギリス海岸が正式国名を「オーストラリア」と認めた。当時、「オーストラリア」は、現在のニュー・ジーランドを含めたの意味だったが1901年オーストラリアの独立・ニュージーランド抜きの連邦化に伴い現在の使用となった。