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元オーストラリアン・オブ・ザ・イヤーが人種差別禁止条項を「豪憲法に」

2009 Australian of the Year Mick Dodson

 豪先住民であり2009年度オーストラリアン・オブ・ザ・イヤーミック・ドッドソン教授は、豪憲法に関する有識者会議の提言を支持し「人種差別禁止条項を豪憲法に取り入れるべきだ」、と12日付のシドニー・モーニング・ヘラルド紙が報道した。
 ドッドソン教授は条項が「白豪主義の法的・政策的の死体を永遠に埋められるだろう」という。
 今年1月有識者会議は豪政府に「憲法が人種・皮膚の色または種族的出身に基づく差別を禁止すべきだ」と提言した。
 豪先住民の最も重要なリーダーの一人であるオーストラリア国立大学法学部教授であるドッドソン教授は初めてその提言を公の場で指示を明らかにした。
 ちなみにオーストラリアン・オブ・ザ・イヤーというのは世界中に他の例が見ない賞である。毎年贈られる賞であり、その年オーストラリアに最も貢献した人物一人にに贈られる。独立した委員会が受賞者を決める。受賞者がオーストラリアの建国記念日となる「オーストラリアの日」1月26日に行い、大人気なイベントである。

‘Single Men Only?’ – Early Japanese Migration to Oz 日本人の豪州への初期移民は「独身男性限定」?

知られざる日豪関係のルーツ What You Didn’t Know about Australia-Japan Relations

A 19th century Japanese pearl diver in Australia

Japanese immigration to Australia in the 19th century differed to other parts of the Japanese diaspora.

 19世紀、豪州への日本人移民は他の国での日本人移住と比べて少々違っていた。

Acrobatic Start to Relations まさにアクロバティックに始まった日豪関係

知られざる日豪関係のルーツ What You Didn’t Know about Australia-Japan Relations

Meiji-era (1867-1912) Japanese Acrobats

日豪関係のルーツは、まさにアクロバティックに始まった。1867年に日本の曲芸団がオーストラリアを訪問した数年後(具体的な日付は不明。1871年という説もあれば、1874年という説もある)、Sakuragawa Rikinosukeという曲芸師がオーストラリア人女性と結婚して、豪州に移住した日本人として初めて記録された。

Japan-Australia relations started off by swinging into action – literally. First contact came in 1867 when a Japanese acrobatic troupe visited Down Under in 1867. A few years later (the exact date is unknown – some say 1871, others 1874), Rikinosuke Sakuragawa, an acrobat touring Melbourne with another troupe, married an Australian woman and they settled in Queensland, where their descendants remain today.