32年間豪全体の注目を浴びた事件でディンゴが犯人と確定した

Lindy and Azaria Chamberlain
 過剰報道によってオーストラリア全体が32年間著しく注目を浴びたアザリア・チェンバレン失踪事件がようやく12日ダーウィンの検視法廷で9週間の赤ちゃんだったアザリアちゃんが1980年で野犬の一種であるディンゴにウルル周辺で連れ去られ、死亡したと結論付けた。
 1980年当時、アザリア・チェンバレンの母であるリンディ・チェンバレン・クレートン氏は、「娘がディンゴに取られて」といい、赤ちゃんが失踪し以降死体も見つからなかった。当時、ディンゴが人間の赤ちゃんを食べることが信じられかったからチェンバレン・クレートン氏が殺したじゃないかとうわさされた。マスコミによりそのうわさが広がり、全国的の話題となった。ジョークなり、過剰報道となり、結局チェンバレン・クレートン氏が殺人罪に有罪判決となったが1987年に新しい証拠を見つかり釈放され、結局無罪となった。が、娘の死亡原因が「不明」であったため、長年ディンゴに取られたことの検証として死亡証明証の内容にそのことを示すように今回の裁判に乗り出した。
 この事件の元にジョークや話題の種だけでなく、本・舞台・オペラ・レコードそしてメリル・ストリープがチェンバレン・クレートン氏役でハリウッド映画の題材まで課題となった。
 オーストラリア文化を分かるためにこの事件のことを知ることが絶対必要なのだ!
「ディンゴがアザリアちゃんを連れ去り、殺害」
32年前の豪乳児失踪事件、「野犬が連れ去った」と結論
リンディ・チェンバレン
Azaria Chamberlain Disappearance (English)
火曜日の判決報道

メリル・ストリープがリンディ・チェンバレン・クレートン氏役を演じた「Evil Angels」(1988年作)の予告編

Cop A Gander At These Rippers Too...

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    豪州映画に注目!東京国際映画祭で「オーストラリア・スポットライト」

    東京国際映画祭で、オーストラリア映画にスポットライトが当たる! 10月26日から11月4日まで開催される第39回東京国際映画祭では、ワールド・フォーカス部門の特別企画として「オーストラリア・スポットライト」が設けられる。在日オーストラリア大使館の協力による企画で、オーストラリアの多彩な映画文化に触れるチャンスだ。 注目は、コンペティション部門の国際審査委員長を務めるロルフ・デ・ヒーア監督の『The Survival of Kindness』。ベルリン国際映画祭でも上映された2022年の作品で、文明が崩壊したかのような世界をさまよう女性を描く。監督本人が登壇するQ&Aも予定されている。 さらに、家族の複雑な関係を見つめるドキュメンタリー『時と潮(Time and Tide)』と、禁断の減量薬をめぐるホラー映画『Saccharine』も上映される。 上映は日比谷・有楽町・銀座エリアの映画館で開催。一般料金は1作品2,200円、学生は1,100円で、学生向け当日料金は700円。オンライン販売は10月17日から始まる予定だ。 オーストラリア映画の新しい魅力を発見する絶好の機会。映画祭の公式サイトで上映時間とチケットの残席状況を確認しよう。 上映作品・スケジュール The Survival of Kindness(2022) 監督:ロルフ・デ・ヒーア 文明崩壊を思わせる世界で、差別や疫病、暴力に直面しながら旅を続ける女性を描く作品。 作品・チケット情報:The Survival of Kindness 時と潮(Time and Tide) 監督:ヴィー・シー 中国福建省に帰省した監督が家族を撮影し、世代を超えて続く家族の義務や、家庭内に潜む問題を見つめるドキュメンタリー。シドニー映画祭で最優秀ドキュメンタリー賞を受賞した作品。 作品・チケット情報:Time and Tide Saccharine 監督:ナタリー・エリカ・ジェームズ 自分の体形に悩む医学生が、遺灰から作られたと噂される禁断の減量薬に手を出してしまう。身体への不安や執着を題材にしたホラー作品。 作品・チケット情報:Saccharine チケット・開催情報 第39回東京国際映画祭 開催期間:2026年10月26日(月)〜11月4日(水) 主な開催エリア:日比谷・有楽町・丸の内・銀座 チケット料金: オンライン一般販売開始:2026年10月17日(土) チケットは公式オンラインサイト、または10月26日以降に有楽町駅前広場に設置されるチケットセンターで購入できる。上映作品によって販売開始時刻が異なるため、作品ページで確認しよう。

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    本州面積の半分以上ある射撃場で豪が世界宇宙開発の先がけを

     宇宙開発に先がけた国でいえばオーストラリアを思い浮かぶ人がいないだろう。  初NASA所属日本人宇宙飛行士毛利衛氏が豪大学で博士号を取得したにも関わらず日本では、オーストラリアが宇宙開発に先がけた国だった意識が極めて少ない。実は、オーストラリアでもこのことがほとんど知られていない。でも、事実のだ!  旧ソ連、米国、フランスに次ぐオーストラリアが世界で4番目の宇宙開発用の打ち上げ地となった。  1967年11月29日米国が豪に与えたスパルタ・ロケットを南オーストラリア州にあるウーメラ試験場で打ち上げ、見事にオーストラリア初の人工衛星であるWRESAT(Weapons Research Establishment Satellite)を軌道に乗せた。  約4年後、同試験場が再びロケット打ち上げに関われ、今度はイギリスと共同で英国唯一人工衛星Prosperoがブラック・アローによってウーメラから打ち上げた。Prosperoが今でも起動に乗っている(けど、運用していない)。  以降、ウーメラ試験場でロケットの打ち上げがないものの宇宙開発関連業務が継続的に行っている。1980年まで射撃場として使用されたが閉鎖となった。  また、1990年に再開し、民間や商業的な非軍事の試験プログラムにも使われる。  1996年、宇宙開発事業団(NASDA)と航空宇宙技術研究所(NAL)(現在は両者統合して宇宙航空研究開発機構 (JAXA)) が、小型自動着陸実験機(ALFLEX) の飛行実験を行っている。さらにJAXAは、2002年(当時NAL)と2005年に小型超音速実験機(NEXST-1)の飛行実験を行っている。  2010年6月13日には、小惑星イトカワのサンプルを採取したJAXAの小惑星探査機「はやぶさ」(MUSES-C)のカプセル着陸地点としても使われた。  また、日本の大学も参加しているガンマ線天体物理学のための国際協力実験であるCANGAROO(Collaboration of Australia and Nippon for a GAmma Ray Observatory in the Outback)プロジェクトの望遠鏡が設置され、観測が継続されている。  ウーメラ試験場の面積は12.7万平方キロで、日本の本州(22.8万平方キロ)の半分より少し大きいほどの面積である。世界で最も広い陸上射撃場である。ウーメラ立入制限区域に隣接施設。ウーメラのネーミングは、オーストラリア先住民が槍を投げる時に使った補助道具が由来だ。 ウーメラ試験場公式ウェブサイト(英語) Introduction to the CANGAROO Project(日本語) 日豪共同宇宙開発事業CANGAROOサイト CANGAROOII CANGAROOIII

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    Australian Football’s Tokyo Area ‘Samurai’ Off to the World Cup

    Australia rarely makes the news in Japan, so it’s interesting to see it on the front page of the Asahi newspaper June 4 evening edition. The story is about Japan’s Aussie Rules team, the Samurais, who’ll be battling it out in the International Cup starting from June 8. Japan has a really small, but thriving, Australian Rules competition, with two leagues (including several all-Japanese teams), the Eastern League, centering on Tokyo and surrounding areas, and the Western League, comprising Osaka and Nagoya. Here’s an excerpt from the Asahi report: サッカー・ワールドカップ(W杯)大会が迫るなか、「世界で最も激しい」というフットボールの世界大会も8月に開かれる。それってラグビー? いえいえ、オーストラリアンフットボール。豪州では国技と言われる大人気のプロスポーツだ。5大会連続で出場する日本代表も、追い込みに入っている。 A translation: Just as the soccer World Cup is about to hit us, another football world championship — this one…

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    Rainbow Over Allah And Putting A Tiger In The Tank

    Work slowed down and it was a little easier to enjoy life, which allowed for stopping to smell the roses and capturing such opportunities as a rainbow shining above the Tokyo Mosque and beefing up Bargearse the bike. Mrs. Kangaeroo and I also got to visit an exhibition by the delightful Kyoichi Tsuzuki, who has been chronicalling Japan’s quirky side for decides. He was showing displays from hihokan, the now vanishing but once almost ubiquitous sex museums across Japan. Bargearse, meanwhile, my erstwhile fat bike, got an upgrade with tiger decorations, taking over from a predecessor pedallar that piqued my interesting in pedalling.

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    Did Japan Inspire Australia to Choose National Living Treasures?

    日本の「人間国宝」はオーストラリアの「リビング・トレジャーズ」に影響を与えたのか? Australia’s National Living Treasures celebrate remarkable Australians. Japan’s Living National Treasures protect traditional masters. The two honours are different—but they may be connected by an idea that travelled across the Pacific. オーストラリアの「ナショナル・リビング・トレジャーズ」は優れた人物をたたえる制度です。一方、日本の「人間国宝」は伝統技術の継承者を守る制度です。両者は異なりますが、その背景には海を越えて受け継がれた一つの考え方がありました。 Japan Had the Idea First 最初に制度を作ったのは日本 After the Second World War, Japan faced an urgent question. How could traditional arts survive in a rapidly modernising society? The answer was to recognise exceptional craftspeople and performers as Living National Treasures, helping preserve skills that might otherwise disappear. 最初に制度を作ったのは日本 戦後の日本は、急速な近代化の中で伝統文化をどう守るかという課題に直面しました。 そこで生まれたのが「人間国宝」の制度です。 卓越した技術を持つ職人や芸能家を顕彰し、その技を未来へ伝える仕組みとなりました。 Australia Took a Different Path オーストラリアは独自の形へ When Australia’s National Trust introduced its National Living Treasures in 1997, the goal was different. Instead of recognising only traditional artists,…

  • Japanese long-term resident numbers double Down Under

    Japanese long-term residents in Australia doubled over the course of the Noughties, according to the recently released 2011 Australian Census. The number of Japanese speakers residing permanently in Australia grew from 1,002 to 2,032 from 2000 and 2010, representing a 102.8% change. The 2011 Census showed there were 21,507,730 people in Australia, of who 43,692 are Japanese speakers. The total population of Japanese speakers in Australia was made up of 59.1% females and 40.9% males. And only 204 speakers were involved in a same-sex couple. Popular suburbs for long-term Japanese residents of Down Under to live in were Chatswood (NSW), Melbourne (VIC), Southport (QLD), Adelaide (SA), South Perth (WA), Sandy…