Phantom Kangaroos! 世界中の化け物有袋類たち

 化け物カンガルー(Phantom Kangaroos)について聞いたことがある?まるで未確認動物学のような話に聞こえるが、カンガルーかワラビーというオーストラリア独特の有袋類であり、同国しか野生で暮らしていないが日本を含めて実際に世界中所々野生の群が存在する。これらが言われる化け物カンガルーだ。
 化け物カンガルーの歴史が約100年前まで渡る。ドイツではある狩人がカンガルー数頭を自分が狩るために輸入したが、逃げて野性に戻ったが、数年以内に周辺の狩人たちに全部殺されたそうだ。
 アメリカでは1930年代から数年おきに化け物カンガルー群がテネシーかオクラホマやイリノイ州などでちょこちょこ目撃されるたが、実際に野生で存在しているということが確認されていない。
 だが、化け物カンガルー群の存在が確認されているところがたくさんある。イングランドのスタッフォードシャーやダービーシャーにもカンガルー群が1930年代から健在だ。スコットランドにも、インコノカン島とい小さな島、ワラビーが観光名物となっている。
 また、フランス北部にもニュージーランドのカワウ島にもカンガルーとワラビーが野生に生きている。
 そして、日本にも野生有袋類がいるとされている。オーストラリア放送協会によると宮城県大崎市真山地区にカンガルーのようなものが頻繁に目撃されている。

Mystery Kangaroos in Japan
Fleeing Kangas Give Japanese Drivers a Roo-ed Shock
Marsupial Attacks!
UFOがなんと泥酔ワラビーだった!
カンガルード?
泥酔Big Kangarooが人々を歓迎するようになった

Cop A Gander At These Rippers Too...

  • Shark biscuit (bikkie)/新米のサーファー

    Shark biscuit (bikkie) Australian English Somebody new to surfing. Many sharks swim in the waters along Australian coastlines. Surfers who are unsure of themselves are in danger of becoming a meal for the sharks. Sometimes, bikkie is used instead of biscuit. 日本語 新米のサーファー。直訳すると「サメのビスケット」という意味。由来は、オーストラリア海岸沖にサメがたくさんいますので、サーフィンに経験が浅い人なら、食べられちゃう可能性がある。Biscuitの代わりにbikkieという時もある。 Plain English Shark bait Strine Dictionary

  • Zed/Z

    Zed Australian English Z, the final letter of the alphabet. In Australian English (like the English used in every other Commonwealth country except Canada and as the language is taught in Japan), the final letter of the alphabet is pronounced “zed.” In North American English, the final letter is pronounced “zee.”

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    豪政府の完全敗戦だったエミュー大戦争

    オーストラリアが独立した1901年1月1日時点には、南アフリカにてボーア戦争に参戦し、現在に至るまでさまざまな戦争や紛争に戦い、決して「平和的」な国とは言い難い。20世紀に渡って第一次・第二次世界大戦をはじめ朝鮮戦争、マレーシア紛争、インドネシア戦争、ベトナム戦争に参戦した上、21世紀になったらアフガニスタンとイラク戦争にも参戦した。軍事力はそこそこ評価されるが、参戦した戦争の中ではオーストラリア軍がものすごく恥をかかされたのは特に一戦が目立つ。それは1932年のエミュー大戦争だった。おまけ、オーストラリア軍に対して戦勝した相手がエミュー、、、国家鳥だ。  事態は今からちょうど79年さかのぼって世界恐慌下で起きた。戦場が西オーストラリア州マーチソン地区だった。いつもより熱かった夏によりオーストラリア国紋章にある国家鳥エミューの繁殖がさかんとなり、農産物を大量摂取することになった。すでに経済的に苦しんでいる農家を中心に事態に対して連邦政府(国)に対策を実施するようにプレッシャーをかけるようになった。  オーストラリアでは政治的権力が今も昔もある農家を政治家が無視できない。選んだ対策はオーストラリア軍の動員だった。  1932年11月上旬のある朝、王立豪州大砲部隊約50兵がG.メレディス大佐下でおよそ20万羽のエミューと戦う。部隊は、トラックに取り付けられた機関銃で国家鳥と向き合う。  エミュー群は池で水を飲もうとしたところ軍が突然開戦し、機関銃で全開鳥に向かって打つ。  しかし、エミュー群が広げて鳥があっちこっち走り回って、打たれた鳥の数はほんのわずかしかすぎなくて、ほとんどのエミューが見事に逃げた。  同日午後、部隊が再び集合し、もう一回攻撃をしようとした。しかし、機関銃の音でまた鳥が走って逃げて、結果的に何万羽の鳥中、殺されたのが数羽しかなかった。  豪軍部隊が撤退し、エミューが思う存分農産物を餌にし続けた。  約1週間後、メレディス大佐がまた先頭に再び豪軍がエミュー群と向かって機関銃で乱射したが、また効果がほとんどなく、もう1回エミュー群のほとんどが逃げた。2回戦って約2万弾を使用した結果エミュー数百羽しか殺せなかった。  「この鳥のように弾に対しての力があった部隊があれば世界中のどんな国の軍隊に対して争える。機関銃に対して戦車並みの力がある」とメレディス大佐が敗戦を認めた。  これが起きている時、遠いキャンベラの国会ではエミュー大戦争に対して大騒ぎになった。国防相(当時)ゴードン・ピアス氏が豪軍敗戦を認めて、戦場から撤退の命令を下した。それに対してエミューの反応が未だに不明だが、以降数十年同地区では農家の大迷惑をかかったのは間違いない。  敗戦後、農家が1948年まで3回も連邦政府のエミュー対策を要請したが1932年の敗戦を背景に毎回拒否し、エミューの完全勝利となった。