「牛糞チョコ」が南豪で大ヒット中!

Melba's Chocolates' Cow Pat Chocolate
 メルバ・チョコ(南オーストラリア州本部)販売の「カウパット(牛糞)チョコ」が大ヒット中、と同社が発表した。
 もちろん、本物の牛糞で製作されている訳がないが、同社がそれをモチーフに丸くて、ペタンコ激似のチョコを製菓している。同社によると、大ヒット商品だ。
 実は、牛糞が英語を言語としてちょっとした面白い存在。(オーストラリアを含む)英語圏ではカウパット(cowpat)というが、米語圏でカウパッド(cowpad)という。
 世界各国では牛糞は実際に意外と役に立つ。南アジア諸国では燃料及び発電に使われている。また、アフリカでは虫除けか自宅用の絶縁材として利用する場合が多い。なお、欧米ではカウパット投げやカウパットビンゴなどといって遊びにも度々登場する。
Cow Pat Chocolate
 オーストラリアでは牛が外来種であるため、牛糞の自然処理法は存在しなかった。そこで、オーストラリア最大科学研究開発期間である連邦科学産業研究機構(CSIRO)豪州糞虫計画を1950年代に始まり、数十年かけて牛糞の自然処理法として糞虫を導入し、環境的な被害を最小限に止まりながら見事に成功を果たした。

メルバ・チョコレート工場の風景(豪テレビ)

Cop A Gander At These Rippers Too...

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    真夏に最適なBig Slurpee(本当は飲めないけど、、、)

     オーストラリア連邦科学産業研究機構(CSIRO)によると豪全国で最も住みやすい気候がある町ニューサウスウェールズ州北部のコフスハーバーには、今日のような猛暑さにパーフェクトな高さ11メートルのシャーベット状の炭酸飲料Big Slurpeeが数年前に一時的にあった。  Big Slurpeeがオーストラリアの「Big Things」に仲間入りしたのは2009年1月から3月の間だけだった。最初に出来た頃コフスハーバーの新名所として言われたが、結局、設置して僅か数ヶ月後また撤去された。後になって分かったのは広告代理店の広告だった。  スルーピーは北米・豪州などの7-11コンビニエンス・ストアの最も名商品だ。様々な味や大きさがあり、大人気だ!  ちなみに、コフスハーバーはオーストラリア国内観光名所の一つであり、市内にBig Bananaという「Big Things」もある。 212/214 Seven Eleven Big Slurpee from outdoor awards judging on Vimeo. Big Slurpee広告キャンペーン資料 大きな地図で見る

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    豪元首相のイケナイAussie英語

    オーストラリア歴代首相であるケビン・ラッド氏は、醜語溢れている場面ビデオが人気動画サイトYouTubeで大人気となっている。  ラッド氏は2007年から2010年の間オーストラリア総理大臣だったが、現職のジュリア・ギラード氏が与党内の影での動きにより同僚に裏切られ職を失ったが、外務大臣まで復活して現職である。  もっともっとラッド氏は外交官だったので、中国語を流暢に話せるが、以下のビデオでは中国語通訳や在中豪大使館職員など悪い言葉をたくさん使いながら少しも外交官らしくない表現たっぷりだ。  ギラード氏が世論の支持率が減少し続き中ラッド氏の首相復帰説が最近強まりつつありながらこのビデオが漏れているということもちょっと怪しいが、ラッド氏が今日から早速お詫びした。  ちなみに、Aussie英語と言いながら、ラッド氏が使っている悪い言葉は英語県全体共通言葉ばかりだ。 詳しい記事はこちらへ(英語)

  • Tjukurrpa, Terra Australis, New Zealand, EendrachtslandそしてAustraliaへ

    「オーストラリア」は、ラテン語で「南の大きな大陸」という意味だ。 日本と同じようにオーストラリアも歴代国名も多数ある。 数万年前から今でいうオーストラリアに住んだ先住民たちは「国」というコンセプトさえなかったので、何百もあった部族に暮らし国全体を理解することはなかった。 その変わり、「夢期(ドリーミング)」ということがあった。その「夢期」は、世・存在やすべての物を含めて人それぞれ独自で解釈するすごく抽象的な意味があるが、その中「土」ようは「住む所」などの意味も含めた。その延長で「夢期」と「国」は、ある意味でイコールである。だとしたら、国名と「夢期」が同じであれば無理がない(まあ、あるけどさ、、、言いたいことがわかるよね)。言語も部族によって異なったため何百個もあったので当然言葉が違うが大きな部族の「夢期」の言葉はアレンテ族のTjukurrpa「ジュカーパ」が最もよく使われている例として挙げているじゃないかな? ヨーロッパ人が今のオーストラリアと接するようになるのは1606年のことだった。古代ローマ時代から地球の南に大きな大陸があるだろうと思われて「Terra Australis(南の土地)」と噂したが確実にその所があったかどうか検証できなかった。 しかし、1606年にオランダ人探検家であるWillem Janszoonが今ウェイパというクイーンズランド州の都市であり、ヨーク岬半島に位置し、カーペンタリア湾に面する。乗務員10人が殺されたり、土地があまり良くなくすぐ去ってオランダ領東インドに戻ったが、探検した国をオランダのゼーラント州にちなんで「ニウ・ゼーラント」と名づけた。しかし、その名前が浸透しなかった(後になってオーストラリアの隣国であるニュー・ジーランドで使えるようになったが)。でも、数年間オーストラリアがニュー・ジーランドと呼ばれたのが事実だ。 数年後の1612年10月。同じオランダ人Dirk Hartogが今のオーストラリア北西部にある世界遺産であるシャーク湾周辺に着陸し、3日間探検して初めて同国の一部の地図を作った。その上、別の名前を名づけた。それが自分の船をちなんで、「Eendrachtsland(Eendrachtsの国という意味)」だった。 17世紀前半ではTerra AustralisあるいはEendrachtslandと呼ばれたが、ヨーロッパ人が行くことがほとんどなかった。17世紀後半になると多くのオランダ人探検家がオーストラリアと接し、同国が「ニュー・ホランド(新オランダ)」と呼ばれるようになった。 以降、「ニュー・ホランド」またはTerra Australisと呼ばれた。1770のキャプテン・クック探検及び1788年イギリスが植民地化した後口語では「ボタニー・ベイ(Botany Bay)」と呼ばれることもあったが19世紀に入るとやっと国名を、ラテン語の英語化である「オーストラリア(Australia)」にした。 1824年当時事実上オーストラリアを統治したイギリス海岸が正式国名を「オーストラリア」と認めた。当時、「オーストラリア」は、現在のニュー・ジーランドを含めたの意味だったが1901年オーストラリアの独立・ニュージーランド抜きの連邦化に伴い現在の使用となった。