Why Do Aussies “Shoot Through Like A Bondi Tram?”

What Does It Even Mean?

Aussieが「Shoot Through Like a Bondi Tram」と言うのはどういう意味?

Imagine you’ve just finished a barbecue. Everyone is still chatting when one guest suddenly glances at their watch, says, “See ya!” and disappears before anyone can reply. An older Aussie might laugh and say, “He’s shot through like a Bondi tram.”

The expression paints a vivid picture of someone leaving in a tremendous hurry.

Although Sydney’s famous Bondi trams disappeared decades ago, the saying has survived as a colourful reminder of old Australia.

かつてシドニーには、街中を走る路面電車がありました。中でもボンダイ行きのトラムは、本数が多く、テンポよく走ることで知られていました。そこから生まれたのが、”shoot through like a Bondi tram”というStrineです。

意味はとてもシンプル。「ものすごい勢いで立ち去る」「大急ぎで帰る」「さっさと姿を消す」いうことです。急いで仕事へ向かう人にも、飲み会を早めに切り上げる人にも使える表現です。

Expression

shoot through like a Bondi tram

発音

/ʃuːt θruː laɪk ə ˈbɒndaɪ træm/

Meaning

急いで立ち去ること。あっという間に姿を消すこと。突然帰ること。

現在では単に”shoot through”だけでも、「もう行くね。」「失礼するよ。」という意味でよく使われています。

Example

“I’ve got another appointment. I’d better shoot through.”

「次の予定があるから、もう行くね。」

また、

“He shot through like a Bondi tram.” なら、「彼は大急ぎで帰って行った。」という意味です。

日本語で言うと?

日本語なら、

「飛んで帰る」「そそくさと帰る」「一目散に帰る」などが近い表現でしょう。

Bondi tram の部分は比喩なので、知らなくても意味は伝わりますが、由来を知るとStrineがもっと面白く感じられます。

Australia–Japan Connection

日本では、新幹線や特急列車を使ってスピードを表現することがあります。一方、Aussieでは、かつて親しまれた Bondi tram がその役目を果たしました。乗り物は変わっても、「あの人、あっという間にいなくなった!」という気持ちは世界共通ですね。


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