日本とアイスでつながっているCow on the Corner

Cow on the Corner, Brunswick Junction, WA
  西オーストラリア州ブランズィック・ジャンクションという町は大自然の中の小さな町であり、一番近い都市パースが150キロ以上離れているが、不思議と豪州独特な「Big Things」と日本に何らかの繋がりがある。
 ブランズィック・ジャンクションの人口は約800人しかないが、同町の中に大きな乳製品工場がある。そこでオーストラリア全国で愛されているピーターズ・アイス・クリームが作られている。しかし、そのピーターズ・アイス・クリームも日本に輸出することがあり、日本ではレディーボーデンとして販売された(アメリカのボーデン社委託で)。
 そこで、「Big Things」との関係が生まれて来る訳だ。町の存在が乳製品と深く関わるため、デカイ牛像を作ることになった。(他の「Big Things」同様、理由が良く分からないが、それはキッチュを異様に高く評価する国民性と言おう、、、。)Cow on the Cornerは、長さ5メートルと高さ1.5メートルであり1973年にブランズィック・ジャンクションで建てられた。
 Cow on the Cornerは、「Big Things」の中では小さい方だ。実は、オーストラリアの「Big Things」の中西オーストラリア州のものが最も小さく、最も地味、最もオリジナリティが欠けていると言っても過言ではない。皮肉的に同州の面積がオーストラリア7つの州の中では一番デカイ、というと余談だよね。


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ピーターズ・アイス・クリームの各製品

Cop A Gander At These Rippers Too...

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    When Aussie Rock Went To Japan: INXS, Crowded House And The Music Videos That Captured A “Different” World

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