Acrobatic Start to Relations まさにアクロバティックに始まった日豪関係

知られざる日豪関係のルーツ What You Didn’t Know about Australia-Japan Relations

Meiji-era (1867-1912) Japanese Acrobats

日豪関係のルーツは、まさにアクロバティックに始まった。1867年に日本の曲芸団がオーストラリアを訪問した数年後(具体的な日付は不明。1871年という説もあれば、1874年という説もある)、Sakuragawa Rikinosukeという曲芸師がオーストラリア人女性と結婚して、豪州に移住した日本人として初めて記録された。

Japan-Australia relations started off by swinging into action – literally. First contact came in 1867 when a Japanese acrobatic troupe visited Down Under in 1867. A few years later (the exact date is unknown – some say 1871, others 1874), Rikinosuke Sakuragawa, an acrobat touring Melbourne with another troupe, married an Australian woman and they settled in Queensland, where their descendants remain today.

Sakuragawa夫妻がメルボルンで出会い、以降クィーンズランド州に移り、今でも卑属が住み続けている。同氏に続き日本人のオーストラリアへの移民が始まった。1901年に執行された白豪主義前の日本人のオーストラリアへの移民ピークが19世紀末の1893年から1898年の間だったので、僅かの約3500人に止まった。

Sakuragawa was the first recorded Japanese resident of Australia. He would herald pre-White Australia Policy Japanese migration that peaked from 1893 and 1898, when about 3,500 people settled.

ちなみに、Sakuragawa氏があの「不思議な国のアリス」作家であったルイス・キャロルのために演じた可能性がある。

Incidentally, Sakuragawa is also rumored to have performed for Lewis Carrol, author of “Alice in Wonderland.”

あなたがご存知の”知られざる日豪関係”についてのお話はありませんか? ご存知の話がありましたら、”考えRoo”の読者にシェアしていただけませんか? 是非、お知らせください。お待ちしています。
Do you know something about Australia-Japan relations that most people don’t? Want to share it with Kangaeroo’s readers? Please let us know.

Reference/参照
The Japanese-Speaking Community in Australia
(Anti-)Cosmopolitan Encounters
Japanese People Lewis Carroll Saw
The Japanese Community
Japan-Australia Relations

Cop A Gander At These Rippers Too...

  • 豪少年が被災幼児に「僕の家族になって」

     オーストラリア、パース市の8歳少年が東日本大震災で被災幼児となった男の子に「家族がなくなったと聞いたので、良かったら私の家族の一員となったらどう」という手紙を書き、来日訪問中の豪首相ジューリア・ギラード氏が菅直人首相に手渡した、と豪日刊紙The Australianが報道した。  詳しくはこちら(英語)へ。

  • |

    豪一厳しい経営者日本人が「客の悪マナー」を理由にレストランを閉店

    オーストラリアで「最も厳しいレストラン」とされているシドニーのWafuは、経営者であるイチカワ・ユカコ氏(42)の判断で閉店することになっている、と5日付のシドニー・モーニング・ヘラルド紙が報道した。  イチカワ氏によると「客がドッギー・バッグを持参しない、ファースト・フッドを食いすぎ、食事を完全に食べない」などを理由に閉店に乗り出した。  イチカワ氏が書く店のブログによると経営に問題がないが、閉店に当たって世界経済低迷も影響もあったという。  Wafuは、シドニーで大人気だった。会員制で1回目そこで食事する前に必ず講座を受けなければならないことが絶対条件だった。その他のルールも大変厳しかった。 店の外に看板で書かれているWafuのルールは以下の通り。 * 食事マナーが消化のために大切にすること * 許可なしで座らないこと * きちんと座って、リラックスすること * 食事を共に食べること * 食べたら、お箸をおいておいてよく噛むこと * お食事が出ましたら「いただきます」を言うこと * 食器などをいじらないこと * 必要以上の醤油を使わないこと * 醤油及び米を無駄にしないこと * 食べ物を無駄にしないこと * 食べなければわさびかしょうがを頼まないこと * 電話でうるさく喋れないこと * 食べ物を無駄にしないこと * 物などを壊したら、弁償を申し出ること イチカワ氏筆Wafuブログにての閉店メッセージ (英語) Surry Hills restaurateur with notorious rules lashes Sydney’s ‘greedy’ diners as she announces closure with online rant(英語) This real iron…

  • | |

    日本でのオージーボールが注目集まっている

    オーストラリアは自称「スポーツ大国」だ。日本ではオーストラリアでラグビーが最も盛んと思われるがちが、スポーツの中で圧倒的に人気あるのがオージーボールだ。オージーボールはオーストラリア独特なスポーツであり、ラグビーのようなボールを使い、ラグビー、バスケ、サッカーその他をごっちゃ混ぜたようなスポーツ。 VIDEO: Nine News – Tokyo Goannas  オージーボールは日本でもリーグがあり、選手の多くが日本人が東京ではオージーが中心となっているティームもあり、そのティームが昨日パースのニュース番組に取り上げられた。ビデオが以下の通り。 さらに東京ゴアナーズに知りたい方は以下のビデオもお勧め。 日本でのオージーボールについてさらに詳しく知りたい方はこちらへ。