「巨人の星」がBig Wickets意味を理解補足に

The Big Wickets, Westbury, TAS
 タスマニア州ウェストベリーという田舎の町には巨大なウィケットがある。
「ウィケットって何?」
と思っている人が多いだろう(そもそも考えRooを読んでいただいている人がそもそも「多い」と言い難いけど、わざわざここまで来ていただいた方々の中では「多い」という意味だが、余談、、、)。
ウィケットは、クリケットに使う重要な道具だ。
「うん、、、じゃ、それだったら、クリケットって?」と思うよね。
ま、簡単に言えば野球の元となったスポーツと思えば良く、オーストラリア見たいの英国連邦諸国では非常に人気夏スポーツだ。
Wickets in an Indian “Kyojin no Hoshi” dream sequence.
 ちなみに、今年あの有名なアニメ「巨人の星」がインドでリメイクすることになったが、インドではクリケットが非常に人気あるため話が野球ではなくクリケットの話しとなった。
ウェストベリーにBig Wicketsがあるのは初タスマニア出身オーストラリア代表クリケット選手ジャック・バッドコック氏を称えるためだ。高さ3メートル幅約3メートルであり、本物のウィケットの大きさのおよそ6倍であり、オーストラリアの「Big Things」仲間入りとして十分な根拠がある。
 

クリケットを題材としたインド版「巨人の星」

Cop A Gander At These Rippers Too...

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    Hugh Jackmanがシドニーで東京の一角を再現(誤字がおまけ!)

    Oh, no! What a Hugh-ge spelling mistake!  豪出身ハリウッド俳優ヒュー・ジャックマンが主演となり、真田広之や岡本多緒共演の2013年公開予定映画「ウルヴァリン: SAMURAI」をシドニーで撮影し、同市の一角を10月16日までに映画の舞台である東京に変身した。  行ったことがなければ、再現したところを人目で見れば日本の都市のどこかと思われるかもしれないが、よ~く見るとビルの2階窓の看板に貼っている字がオーストラリア独特な「She’ll be right, mate(なんとかなる、さ)」気持ちを込めているようだ、、、間違っている!  「ヨガ」のはずであるの「ヨ」の向けが逆になっている。  しょうがないね、、、 Tokyo in Parramatta Video: Parramatta transformed into Tokyo

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    Grand Final (Granny)

     オーストラリアは、とにかくスポーツ好きの国。そのシーズンの王者を決める究極の一戦は、たいてい『グランドファイナル』だ。ストライン(オージー英語)でこれ以上ド真ん中の呼び名はない。要するに、その年の最強クラブやチームを決める試合のこと。 Australia is a sport-loving country, possibly more than most. And the ultimate game that decides a champion in Australian sports is almost invariably the grand final. Real Strine could give no other fair dinkum name to a grand final, which is the match that determines the best club or team for its particular season, though we do sometimes refer to the match as the “granny,” too. なかでも一番有名なのが、毎年9月の最終土曜日にメルボルン・クリケット・グラウンドで行われる、オーストラリアン・フットボール・リーグのグランドファイナル。勝ったチームは実質「世界王者」なんだけど、オージーは控えめだから、そんな呼び方はしない。 The most notable grand final of Australian sports is played at the Melbourne Cricket Ground, usually on the last Saturday in September, to determine the premiership team of the Australian Football League. The winners of that match are the world champions, but…

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    Kangaroo Cooking…Roo Meat: It’s Tasty if Ya Cook It!

    Japanese have been legally eating kangaroo for longer than most Australians. Kangaroo meat was imported to Japan and being served in Tokyo restaurants from 1988, five years before meat from the national symbol was legalized for consumption by Australians in all states other than South Australia, where kangaroo could be eaten legally from 1980. (Indigenous Australians had continued eating kangaroo, a traditional food, regardless of the ban.) Despite the head start, kangaroo meat never really kicked on in Japan, despite its reputation for being a healthy, high-protein, low-fat alternative to beef or pork. RooMeat was promoted in Japan as being a preferred choice of athletes and models, but the “stars”…

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    オージーボールが日本でビールCMに起用されたことを知っていたか?

    オーストラリアでは圧倒的に一番人気スポーツでありながら日本でオージー・ボールがほとんど知られていない。 Australian Rules football, despite being overwhelming the most popular spectator sport in Australia, is virtually unknown in Japan. しかし、約24年前さかのぼってオージー・ボールが日本でサントリー・ドライビールのCMに起用されることになった。 But, going back 24 years or so, Aussie Rules, or Ooji Booru as it’s referred to in Japanese, was used to promote Suntory Beer in Japan. ジャコのサントリー・ドライCM/Jacko’s Suntory Ad https://youtu.be/zUyL5wZMo04 同CM主役が元オージー・ボールプロ選手だったマーク・ジャコ・ジャクソン氏だった。当時、ジャコ氏の人気が絶好機だった。選手として才能があったもの、問題児であったため多くの人にしてみればその才能が「うらさいの!」という存在だった。同氏がそれをいい風に使い、歌手となりオーストラリア1位となったシングルを発表した。続いて、ヒット曲がアメリカでバッテリのCMキャラクターとなり、米国でも大人気となった。そこからハリウッド版ドラマの俳優にもなったが、番組の視聴率が低く再びオーストリアに戻って今でも演説やコメディなどで活躍中。 Starring in the ad was Mark “Jacko” Jackson, then at the height of his brief flirtation with international fame, sparked by a successful appearance promoting Energizer batteries in the United States, which in turn had been an opportunity that arose for him following his Australian No. 1 single, “I’m an Individual” and less-than-successful football career despite possessing considerable ability….

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    「強盗殺人」なのにBig Thingsを含めて豪がNed Kellyを称える理由は何だ?

     今日の「Big Things」はオージー文化に深く関わるものと関するが、その背景が分からないと理解しがたいかもしれない。  ビクトリア州グレンロアンにある高さ6メートル幅2メートルのBig Ned Kellyは、オーストラリアで英雄とされているネッド・ケリーを称える。  「英雄だったら、すごい人だろう?」と思うだろう。  が、、、  、、、実は、強盗殺意人だ。  ま、石川五右衛門やロビン・フッドのように、裕福な人や権力を乱用する人に対して盗難をし、得たものを庶民に配ったりするような犯人だったらなんとなく分かるような気がするね。  しかし、、、そのような強盗者でもなかった。盗んだ物を自分・自分のギャングしか使わなかったし、殺した人が警官及びかつて親しいだった友人だった。  じゃ、政治的な理由でそのようになって人々のために戦った人物だったのか?  それも、ない。イギリス植民地時代だったので、抑圧されたアイルランド系の人だったに違いないが生きている間に特に政治的な動きをしたことはそれほどなかった。後になったそのように描こうとした人が時々出てくるが、本当は恐らく違う。  なんだかんだ言ってもネッド・ケリーはただの強盗殺人としか言うようがない。  なので、何でオーストラリアでそんなに尊敬されている?全国で英雄扱い、史上初長編映画の主体となり、以降ミック・ジャガーやヒース・レジャーなどがネッド・ケリー役を演じたり、実物が警官と正念場があったグレンロアンを中心に活動した地域が観光地となったり、研究の主体となったりしてネッド・ケリー神話が壮大となって、どんなオーストラリア人でもよく知っている。  でも、ただの強盗殺人だったら何でそんなに尊敬されているだろう?  不思議でしょうがないよね。 ネッド・ケリーが自作鎧で警察と銃撃戦を行い、その末で捕まえられ死刑となった。鎧が確かに格好良かったので、それだけで人々を魅了したかもしれない? それとも、多分、正解は豪州のヨーロッパ系歴史にあるかな?  そもそもイギリス人がオーストラリアを植民地化した理由は流刑地になるためだった。  ヨーロッパ系住民のほとんどが囚人だったので、反権威主義の人が比較的に多かったかもしれない。犯罪に対しての見方がじゃっかんゆるいところがあったかもしれない?  未だにまだその傾向が豪社会で見える部分がある。  豪史上最多数ノンフィクション本の作家は自称ヒットマンであるマーク・チョッパ・リードが執筆した。そして、今で豪テレビで実際に起きた犯罪や実際に起こした実在する犯人を題材とした圧倒的に支持されて最も人気番組がアンダベリー・シリーズである。  こういう豪社会の潜在的な反権威主義がネッド・ケリー神話の基礎となっているかもしれない。本当の理由は何か分からないが、奥が深いに違いない。  ちなみに、グレンロアンにはもう一つの「Big Things」がある。これはBig Cherryだ。それについてまた後日掲載する。  そして、もう一つのネッド・ケリー「Big Things」もある。それがクィーンズランド州にある。ネッド・ケリー自身が同州へ行くことはなかったのでなぜそこに作られたが、全国的の人気の象徴とも言えるだろう。その「Big Things」が同州のメリーバラという町にある。 ヒース・レジャーが主人公となった「ネッド・ケリー」2003年 ミック・ジャガーが主人公となった「ネッド・ケリー」1970年 The Story of the Kelly Gang 大きな地図で見る

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    The Multi-Function Polis: 日本の新型都市をオーストリアで建設計画

     それほど遠くない昔前、日本が「日本の新型都市」をオーストラリアで建設する計画があったのは知っていた?  その都市はサンフランシスコのジャパン・タウンかロサンゼレスのリットル・トーキョーのような日本人や日本が大きく影響与える町の一部なところではなく、日豪政府が合同で運営する新しい都市を一から作ろうという大きな計画だった。また、その都市は当時の最先端技術を全面的に活用しようという予定だった。これはマルチ・ファンクション・ポリス(MFP)という都市だった。   オーストラリア政府が1980年代の半ば頃日本政府にMFP計画を発案した。当時、白豪主義などでずーと避けようとしたアジアに対して近づこうと豹変したオーストラリア政府の考えだった。日本がプラザ合意直後円高が続き40年間に及ぶ経済成長が絶好調に進みさらに一層景気が発揮するところだった(その「発揮」がバブルだということは後になった分かったが当時は「ジャパニーズ・ミラクル」として見られたのは忘れちゃいけない。)  日本が半導体などの世界的なリーダーであったので最先端技術及びその都市のブレーンなどを供給し、オーストラリアが場所を提供すると両国が合同で資金を出し、合同で運営する都市という計画だった。両国が計画に関する協議などが進み、候補地になるためオーストラリア各地で激しい競争を行い、最終的に南オーストラリアの首都であるアデレード市の郊外で作ろうとした。  しかし、オーストラリア国内での反発が激しかった。当時まだ潜在する反日感情が沸き、表でも与党党首だったアンドルー・ピーコック氏や復員兵が構成するRSL会長のアルフ・ガーランド氏を先頭に「あの都市がアジア人の居留地しかならん」など、反MFP計画勢が計画の反対を示し、なかなか進めなかった。  結局、時間が経つと共にオーストラリア政府の動きが鈍くなる。1980年代後半オーストラリアが深刻な不況に落ち、バブル絶好だった日本がその半日感情を考慮し強い後押しを控えた。最後に、反対の声が強すぎ、バブルが破壊し、計画が元通りで進めなくなって今では忘れられている日豪関係のエピソードのひとつである。  ちなみに、連邦政府がMFP計画を断念したけど、1998年に南オーストラリア州政府が独自で同計画を部分的に使いMFPの候補地でMawson Lakesという新型地域を建設した。でも、もう日豪合同都市という夢が絶望となって、日本でもオーストラリアの連邦(国)政府のいずれも関係なかったけどね、、、 この話しをさらに読みたいなら考えRooが下記のサイトをお勧めします。 マルチ・ファンクション・ポリス(MFP)(English) グローバリゼーション下の国際協力政策 ――MFPの事例――(日本語)