A Little-Known, Bizarre Australia-Japan Christmas Story

A memorial to Japanese military members on Christmas Island.
A memorial to Japanese military members on Christmas Island.
Dec. 25, the original date of this post, is Christmas Day, but Christmas also gives its name to an island with a little-known — and bizarre — role in Australia-Japan relations.
 元々この記事がアップされた12月25日は、クリスマスの日だが、「クリスマス」も知られざる日豪歴史の不思議な面白いエピソードに関わった島にも使われている。
An Australian territory, Christmas Island was with Nauru and parts of New Guinea parts of Australian-governed lands the Japanese occupied during World War II.
クリスマス島は、第二次世界大戦中ナウル、ニューギニアの一部に次ぐ大日本帝国海軍に占領されたオーストラリア領土だった。
A Japanese nameplate dating to the World War II occupation found on Christmas Island.
A Japanese nameplate dating to the World War II occupation found on Christmas Island.
There’s an interesting tale behind Japan’s wartime occupation of Christmas Island, though.
そして、大日本帝国海軍のクリスマス島占領について面白いハプニングがあった。
It was long thought the island would be targeted because of its rich phosphate deposits.
Indeed, the Imperial Japanese Navy headed to the island in March 1942. The Allied troops defending Christmas Island realized they were outnumbered by an overpowering force, dismantled the island’s defenses and raised a white flag of surrender. The Japanese, however, sailed away. Once again, the Allies raised the Union Jack.
クリスマス島はリン酸塩が豊富であり、そのため開戦まもなく連合軍が日本軍の攻撃を期待していた。案の定、1942年3月大日本帝国海軍が同島を近づいた。連合軍が勝ってない相手として見なして降伏するために白旗を揚げたが日本帝国海軍が反応しなくその場を去った。不思議がっていても連合軍が再びユニオン・ジャックを揚げた。
Days later, though, members of the British Indian force mutinied, overpowered and killed their British officers and interred the remaining Europeans on Christmas Island. The Indian mutineers then invited the Imperial Japanese forces to take over the island, which they did under the command of Rear-Admiral Shoji Nishimura.
 だが、数日後、連合軍のインド系の軍人が氾濫を起し、イギリス人司令官を殺し、オーストラリア人などヨーロッパ系の人々を監禁した。そして、大日本帝国海軍を呼びかけて、西村祥治海軍中将下で占領が始まった。
Imperial Japanese Navy Rear-Admiral Shoji Nishimura
Imperial Japanese Navy Rear-Admiral Shoji Nishimura
Sabotage by workers ensured Japan gained little phosphate and it soon withdrew all but a token force from Christmas Island, which was handed to Australia to govern following Japan’s defeat in World War II. Australia continues governing Christmas Island through to today.
しかし、労働者のサボタージュなどによる、結局リン酸塩取得量がほとんどなく数人の兵士を除き、すぐクリスマス島から去った。日本の敗戦後クリスマス島がオーストラリア領土となり、今でもその状態が継続している。
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The Mystery of Christmas Island, March 1942

Cop A Gander At These Rippers Too...

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    豪キャブラリー: Suss out

    オージー英語では、物事を調べてみたり、見てみたりするような事を、直訳すると「思っている疑問を検証しよう」という堅苦しい表現を使う。「大らかなオージーにちょっと似合わないだろう」と思う人が少なくないと思う。その通り。Check out my suspicions、要は「思っている疑問を検証しよう」から省略し、砕けた言い方に変わりsuss outという形になった訳だ。典型的なオージー英語である。

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    オージー英語が革命を逃した時代

     1970年代前半オーストラリアは、画期的な時代だった。社会的な変化が多い時代であって今のオーストラリアに大きな影響与えている時期でもあった。その激しく変わる時代の中であまり知られていない変化のひとつはあのストライン、要するにオージー英語だった。  1972年に革新派のゴフ・ホイットラム氏を首相としてオーストラリア労働党が23年ぶり政権となった。独立した1901年以降ほとんど保守派の政権下だったオーストラリアは、ようやく1960年代のカウンターカルチャー運動などによって大きく変化を起こした欧米に比べて時代遅れて数多く進歩的な動きが始まった。ホイットラム氏が首相となって数か月以内に先住民族の権利を認め、1960年代半ばから実質的に実施しなかった白豪主義を正式に廃止し、ベトナム戦争の参戦撤去、18歳に投票権を与え、徴兵制を廃止したなど、豪社会の芯まで変えた。移民政策が白人移民を中心よりアジアをはじめ有色人種を積極的に受け入れるようになったなど、ようやくオーストラリアがイギリスを中心にヨーロッパの前哨基地としてでなく、アジア・太平洋地域の一国である認識を持つようになりつつあった。  しかし、あまり知られていない変革も起こそうとした。それはSR1の導入だった。SR1はSpelling Reform 1(綴り変革1)の省略だ。話す言葉に影響がなかったが英語の綴りが話す言葉に近づけるようにした。英語を勉強したことがある誰でも分かるように身に付けるには最も難しいところのひとつが英語の綴りのことだ。スペルの例外が数えきれないほど多くあり、矛盾さが目立ち特に第二言語として学ぼうとしている人たちにとって苦しませることが多数ある。SR1は総合的に英語のスペルをもっと合理的にしようとした。必要ないEを廃止するやf音をするphをなくすなどしようとした。他のスペル変革の例はこのようだった。 are→ar, were→wer, give→giv, have→hav, large→larg, some→som, because→becaus, gauze→gauz, leave→leav, freeze→freez, valley→vally, achieve→achiev, examine→examin, practise→practis, opposite→opposit, involve→involv, serve→serv, heart→hart.  雄弁で評価されているホイットラム氏は英語の変革にも熱心だったので、SR1の密な支持者でもあった。そこでホイットラム政権が豪政府の正式用語としてSR1を導入した。たとえば、当時の健康省がHealth MinistryからHelth Ministryとなった。  このように英語のスペルがだいぶ分かりやすくなった。同時メートル法の導入をして大成功に終わった。だが、SR1が正式に採決したとは言え、実質的に使うところがほとんどなかった。役員たちが使ったとは言え一般庶民に馴染みがなく従来のスペルと使い続けた。  ホイットラム政権がスキャンダル連発で1975年に連邦総督ジョン・カー氏によってホイットラム首相を罷免した。同時に政府の正式用語としてSR1使用が終了となった。同年豪州全国教職員組合がSR1を公式語として採決したが一般社会同様実質的に従来通りのスペルを使い続くことしかなく徐々にSR1支持者の数が自然不滅するようになって1980年代まで趣味程度で続ける人しかいなかった。  今でもSR1を支持する人々や団体が存在するがあくまでも超少数派である。ちょっと残念かもしれない。どう見ても英語が母国語じゃない人たちにとって文書が極めて分かりやすくなるがhttp://en.wikipedia.org/wiki/SR1SR1のような変革を現時点豪ホイットラム政権のような公的な認可はまずなく、社会的な支持がさらに現れそうもない。 当時革新派だった豪労働党がキャンペーンに使用された曲の波紋が広がったが英語綴り変革が失敗に終わった SR1の詩 Draw a breth for progress, Tred abrest ahed. Fight agenst old spelling, Better “red” than “read”. Spred the words at brekfast, Mesure them in bed, Dream of welth and tresure, Better “ded” than “dead”.

  • Full “Boar” Straya!

    A Strayan woman is causing waves for “deep-throating” a dead joey (baby kangaroo).  豪州(ストラヤー)女性が子カンガルーの死体を飲みこみ、「奥まで入れた」として世間を騒がせている。 Pig hunter Natalie Cepeniuk is being attacked online for posting online a photo of her sticking a dead kangaroo’s head in her mouth with the caption that she “may have deep throated a joeys neck.”  イノシシ狩りのナタリー・セペンユックさんがネット上でカンガルーの死体を飲みこむ写真投稿し、「ジョイ<子カンガルーのこと>を<奥まで入れたかも>」と写真説明を付けた。 Cepeniuk, who admits to being no angel following a spate of criminal charges last year, calls her critics “greenies and haters,” and defends her actions.  昨年、数件の容疑で刑事裁判があったセペンユックさんが自称「天使じゃないよ」といい、批判している人々を「グリーニー<環境保護主義者の砕けた言い方>とヘイター<憎む奴>」と呼び、自分の行動を正当化している。 She may actually be supported by the Australian Government, which advises that there are cases where the humane euthanizing of joeys whose mothers have been killed is the painless option.  オーストラリア政府もセペンユックさんも賛同するかもしれない。母カンガルーが死んだ場合、その子カンガルーを安楽死させることが思いやりある選択と助言する。 Related Stories ‘If…