How Did Noriko Nishimoto Help Thousands of Japanese Discover Australia?

西本典子さんは、どのように何千人もの日本人とオーストラリアを結び付けたのか?

Puppeteer Noriko Nishimoto had been declared a treasure by Western Australia

Long before influencers and travel bloggers, one Japanese woman was quietly introducing Australia to generations of Japanese visitors. Through warmth, knowledge and tireless community work, Noriko Nishimoto became one of the unsung builders of Australia–Japan friendship.

SNSも旅行インフルエンサーも存在しなかった時代、一人の日本人女性が静かにオーストラリアの魅力を日本へ伝えていました。西本典子さんは、長年にわたり多くの人々を結び付けた、知られざる日豪交流の立役者です。


A New Home

第二のふるさと

Noriko Nishimoto did more than settle in Australia.

She made it her mission to help Japanese visitors and residents feel welcome.

Whether answering questions, sharing local knowledge or building friendships, she became a trusted bridge between two cultures.

第二のふるさと

西本典子さんは、オーストラリアで暮らすだけではありませんでした。

日本人が安心して生活し、旅を楽しめるよう支え続けました。

情報を伝え、人と人を結び、日豪をつなぐ架け橋となったのです。


Building Communities

コミュニティを育てる

International friendship rarely happens through official ceremonies.

It grows through everyday acts of kindness.

By helping newcomers find their feet, Nishimoto strengthened both the Japanese community and its ties with local Australians.

コミュニティを育てる

国際交流は式典だけで育まれるものではありません。

日々の小さな親切の積み重ねが、人と地域を結びます。

西本さんは、日本人コミュニティと地域社会との交流を支え続けました。


Quiet Leadership

静かなリーダーシップ

Many of the strongest community leaders work behind the scenes.

They organise events, answer emails, introduce strangers and solve problems before anyone notices.

Their reward is seeing others succeed.

静かなリーダーシップ

本当に大きな役割を果たす人ほど、表舞台には立ちません。

行事を準備し、人を紹介し、困り事を解決する。

その喜びは、人々の笑顔にあります。


A Friendship Measured in People

人とのつながりが財産

Over the years, Nishimoto helped countless Australians understand Japan and countless Japanese understand Australia.

Those friendships continue long after holidays end.

That may be her greatest achievement.

人とのつながりが財産

西本さんは、数え切れないほど多くの日本人とオージーを結び付けてきました。

旅行や留学が終わっても、その友情は続いています。

それこそが、最大の功績なのかもしれません。


An Unknown Nichigo Story

「知られざる日豪交流」の物語

History often celebrates prime ministers and business leaders.

Yet Australia–Japan friendship has also been built by people like Noriko Nishimoto.

Their names may not appear in textbooks.

Their influence lives on in people.

「知られざる日豪交流」の物語

歴史は政治家や経営者に光を当てることが多くあります。

しかし、日豪交流を支えてきたのは、西本典子さんのような人々でもあります。

教科書には載らなくても、その功績は人々の心に残り続けています。


Did You Know?

Many of the longest-lasting Australia–Japan relationships began with introductions made by dedicated community volunteers rather than governments.

豆知識

日豪交流の多くは、政府ではなく地域で活動する人々の紹介や支えから始まっています。


Cop A Gander At These Rippers Too...

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    本州面積の半分以上ある射撃場で豪が世界宇宙開発の先がけを

     宇宙開発に先がけた国でいえばオーストラリアを思い浮かぶ人がいないだろう。  初NASA所属日本人宇宙飛行士毛利衛氏が豪大学で博士号を取得したにも関わらず日本では、オーストラリアが宇宙開発に先がけた国だった意識が極めて少ない。実は、オーストラリアでもこのことがほとんど知られていない。でも、事実のだ!  旧ソ連、米国、フランスに次ぐオーストラリアが世界で4番目の宇宙開発用の打ち上げ地となった。  1967年11月29日米国が豪に与えたスパルタ・ロケットを南オーストラリア州にあるウーメラ試験場で打ち上げ、見事にオーストラリア初の人工衛星であるWRESAT(Weapons Research Establishment Satellite)を軌道に乗せた。  約4年後、同試験場が再びロケット打ち上げに関われ、今度はイギリスと共同で英国唯一人工衛星Prosperoがブラック・アローによってウーメラから打ち上げた。Prosperoが今でも起動に乗っている(けど、運用していない)。  以降、ウーメラ試験場でロケットの打ち上げがないものの宇宙開発関連業務が継続的に行っている。1980年まで射撃場として使用されたが閉鎖となった。  また、1990年に再開し、民間や商業的な非軍事の試験プログラムにも使われる。  1996年、宇宙開発事業団(NASDA)と航空宇宙技術研究所(NAL)(現在は両者統合して宇宙航空研究開発機構 (JAXA)) が、小型自動着陸実験機(ALFLEX) の飛行実験を行っている。さらにJAXAは、2002年(当時NAL)と2005年に小型超音速実験機(NEXST-1)の飛行実験を行っている。  2010年6月13日には、小惑星イトカワのサンプルを採取したJAXAの小惑星探査機「はやぶさ」(MUSES-C)のカプセル着陸地点としても使われた。  また、日本の大学も参加しているガンマ線天体物理学のための国際協力実験であるCANGAROO(Collaboration of Australia and Nippon for a GAmma Ray Observatory in the Outback)プロジェクトの望遠鏡が設置され、観測が継続されている。  ウーメラ試験場の面積は12.7万平方キロで、日本の本州(22.8万平方キロ)の半分より少し大きいほどの面積である。世界で最も広い陸上射撃場である。ウーメラ立入制限区域に隣接施設。ウーメラのネーミングは、オーストラリア先住民が槍を投げる時に使った補助道具が由来だ。 ウーメラ試験場公式ウェブサイト(英語) Introduction to the CANGAROO Project(日本語) 日豪共同宇宙開発事業CANGAROOサイト CANGAROOII CANGAROOIII

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    日本マクドナルドのAussie Deliバーガーが豪Maccasらしくない!

     現在日本マクドナルドが全国で「世界の★★★マック」キャンペーンを実施中で8月下旬からオーストラリア風のAussie Deliバーガーを発売することになっているが、そのオージー・デリがオージーらしくない上にオーストラリアのマクドナルドで販売されたことがない。  「Deli」バーガー類が2004年から2010年の間マクドナルド・オーストラリアのメニュにあったが、今回販売されるAussie Deliとそっくりな物はなかった。現在のメニュでも、マクドナルド・オーストラリアでは似ているものがない。あると言えば、ブレークファーストメニュのボストン及びニューヨーク風ベーグルしかない。  日本マクドナルドの「世界の★★★マック」キャンペーンでは、Aussie Deliがこのように説明されている『「オージーデリ」は、ふっくらとしたスチームバンズに、オージービーフを使用したパストラミビーフをたっぷりとサンドしました。イエローマスタードソースと香味野菜のソースがビーフの旨みを最大限に引き出した、オーストラリア生まれのおいしさです。』  「オーストラリア生まれのおいしさ」というが、豪生れのはオージービーフとAussie Deliというネーミング以外、中身が少しでもオーストラリアらしくない。Aussie Deliの中心素材であるパストラミビーフはもともとヨーロッパなどで食べられて北米で人気になったが、オーストラリアで決して広く食べられていると言いえない。オーストラリアでは絶対にサンドイッチやバーガーの主流材料ではない。  なので、名前がAussie Deliとは言え、オージーの中身が使われているビーフにしか過ぎない。  だが、Aussie Deliが全くオージーらしくないことを別にしておいて、今昔オージーらしいバーガーがオーストラリア・マクドナルドが実際に販売している。  それがかつて販売したMcOzというハンバーガーだった。  そのハンバーガーの中身にはオーストラリアらしいハンバーガーに欠かせない素材であるパイナップルかビーツやタマゴにBBQソースがあった。  典型的なオージー・バーガー風味だ。  このバーガーの復活版と言って良いほど似ているものが今、ロンドンオリンピックに伴っているキャンペーンメニュに含めている。そのキャンペーンメニュの目玉がSydney Stackというハンバーガーがあり、McOzと同じようにオージーバーガーっぽい上記の素材は全部入っている。これらのバーガーこそが本格的なオージーマック味だ。  マクドナルドが本格的なオージー食を日本に提供しようとしていないかもしれないが、それにも関わらずオージー英語に興味ある方にとって面白いことかもしれないのがストライン(オージー英語)を取り入れている例が見える。それはブレークファーストメニュのAussie Brekkie Wrapだ。  実は、マクドナルドがオージー英語だけでなく、英語全体に影響を与えている。もともとマクドナルド社がカフェがマックカフェなどと呼ばれているように自社ブランドの商品名などに「マック」をつけることがあった。そこから「マックワード」が出来た。一つの例として、大手の建築会社がハンバーガーのように量産された大型の分譲住宅がマックマンションと呼ばれている。  また、低賃金、待遇劣悪、マニュアルに沿うだけの単調で将来性のない仕事がマックジョブと呼ばれてる。  言語に与えた影響がマクドナルド名にまで影響が及んだ。オーストラリア英語ではマクドナルドが一般にMaccasと呼ばれている。マクドかマックで日本語で場所によってマクドナルドの呼び名とが違うということは英語圏をはじめ世界中で見られる面白い現象だ。  下記の表では、世界ヵ国のマクドナルドの呼び名を掲載している

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    Japan’s Mobs Of Macropod Motifs Missing Marsupials In Masterpieces

    Something strikes me about kangaroos in Japan, where companies like Seino and Nikko Kanko have made the marsupials highly visible. Kangaroos are possibly even higher profile than their native Australia, where Qantas uses the national symbol in its logo, but the macropod is a somewhat uncommon sight elsewhere in the corporate sector. I wouldn’t go so far as to say kangaroos are a ubiquitous presence in the Japanese retail or corporate sector, but it would be no exaggeration to claim they are a daily presence. Far more so, actually, than they are in Australia. That got me to thinking about the presence of kangaroos in the Japanese art world, which…

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    Why Does Australia Have So Many Japanese War Memorials?

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    豪元首相のイケナイAussie英語

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  • Went Viral! (And Didn’t Have a Bloody Clue!)

    It’s pretty clear my career is finished so one of my current greatest worries is how I am going to repay the mortgage on Kangaeroo Corner and, being grossly over-educated and severely lacking talent, becoming a YouTuber making viral videos has popped up in my mind as a way. Given that I am paying serious thought to the above idea, it’s pretty clear I have no sense of reality. So, it didn’t really come as a surprise to learn that I posted a video that went viral and I had no idea about it’s popularity until yesterday….10 1/2 years after the video went up. The video was of a young…