Cop A Gander At These Rippers Too...
あら!オバマ米大統領が豪訪問のオージー英語ミス
只今、豪国会では米国大統領バラック・オバマ氏が2010年にオーストラリア訪問した際、豪国会議事省の大きいなミスについてもめている。そのミスの原因はオージー英語である、豪紙ナショナル・タイムズがいう。 大統領の訪豪に合わせて同省が記念マッグの製造を委託したそうだ。しかし、作ったマッグのスペル・ミスが発見された。また、そのミスが半端じゃなかった!大統領の名前BarackではなくBarrackとなっていた。そして、Barrackは他の英語圏では「野次を飛ばす」という意味であり、数十年前までちょっと印象が悪いことと言っても過言ではない。オージー英語ではただ「応援する」という意味ぐらいしかない。 結局、配る前にスペル・ミスが発見されてほとんどのマッグが処分され、侮辱に終わらないで済んだようだ。しかし、今度国会でその処分方法について苦情が出ている。マッグが壊れてコンクリートに埋めたらしい。与党の議員一人がそのやり方が「マフィア風だ」と冗談を込めて言ったが、まじめそうな同省の広報の方は「壊さないとどこかのごみ捨て置き場に見つけられたらもっと大変な侮辱だったよ」と反論した。 元記事 President’s welcome mug gets mafia burial (English) 関連記事 Obama Speaks Strine
豪キャブラリー: Rednut
なぜか分からないが赤毛の人がよくからかわれる。呼び方がたくさんある。オージー英語では、赤毛の人に対して最も有名なニックネームが「皮肉たっぷりの赤の正反対の」Blueyだが、その他もrednutもある。Rednutのnutは頭(head)のことを示す。Rangaともいう。ちなみに、オーストラリア首相ジューリア・ギラード氏はオージー英語の鉛の強烈さの上にrednutであるのが特徴とされている。
Tjukurrpa, Terra Australis, New Zealand, EendrachtslandそしてAustraliaへ
「オーストラリア」は、ラテン語で「南の大きな大陸」という意味だ。 日本と同じようにオーストラリアも歴代国名も多数ある。 数万年前から今でいうオーストラリアに住んだ先住民たちは「国」というコンセプトさえなかったので、何百もあった部族に暮らし国全体を理解することはなかった。 その変わり、「夢期(ドリーミング)」ということがあった。その「夢期」は、世・存在やすべての物を含めて人それぞれ独自で解釈するすごく抽象的な意味があるが、その中「土」ようは「住む所」などの意味も含めた。その延長で「夢期」と「国」は、ある意味でイコールである。だとしたら、国名と「夢期」が同じであれば無理がない(まあ、あるけどさ、、、言いたいことがわかるよね)。言語も部族によって異なったため何百個もあったので当然言葉が違うが大きな部族の「夢期」の言葉はアレンテ族のTjukurrpa「ジュカーパ」が最もよく使われている例として挙げているじゃないかな? ヨーロッパ人が今のオーストラリアと接するようになるのは1606年のことだった。古代ローマ時代から地球の南に大きな大陸があるだろうと思われて「Terra Australis(南の土地)」と噂したが確実にその所があったかどうか検証できなかった。 しかし、1606年にオランダ人探検家であるWillem Janszoonが今ウェイパというクイーンズランド州の都市であり、ヨーク岬半島に位置し、カーペンタリア湾に面する。乗務員10人が殺されたり、土地があまり良くなくすぐ去ってオランダ領東インドに戻ったが、探検した国をオランダのゼーラント州にちなんで「ニウ・ゼーラント」と名づけた。しかし、その名前が浸透しなかった(後になってオーストラリアの隣国であるニュー・ジーランドで使えるようになったが)。でも、数年間オーストラリアがニュー・ジーランドと呼ばれたのが事実だ。 数年後の1612年10月。同じオランダ人Dirk Hartogが今のオーストラリア北西部にある世界遺産であるシャーク湾周辺に着陸し、3日間探検して初めて同国の一部の地図を作った。その上、別の名前を名づけた。それが自分の船をちなんで、「Eendrachtsland(Eendrachtsの国という意味)」だった。 17世紀前半ではTerra AustralisあるいはEendrachtslandと呼ばれたが、ヨーロッパ人が行くことがほとんどなかった。17世紀後半になると多くのオランダ人探検家がオーストラリアと接し、同国が「ニュー・ホランド(新オランダ)」と呼ばれるようになった。 以降、「ニュー・ホランド」またはTerra Australisと呼ばれた。1770のキャプテン・クック探検及び1788年イギリスが植民地化した後口語では「ボタニー・ベイ(Botany Bay)」と呼ばれることもあったが19世紀に入るとやっと国名を、ラテン語の英語化である「オーストラリア(Australia)」にした。 1824年当時事実上オーストラリアを統治したイギリス海岸が正式国名を「オーストラリア」と認めた。当時、「オーストラリア」は、現在のニュー・ジーランドを含めたの意味だったが1901年オーストラリアの独立・ニュージーランド抜きの連邦化に伴い現在の使用となった。
Boomerang Shrine And Shooting The Rapids
Mrs. Kangaeroo and I got another wonderful experience shooting down the rapids in the delightful Saitama Prefecture town of Nagatoro, which is also home to a shrine hoping to draw people back with something of an Aussie touch. Boomerang Kaeru Shrine, just outside Nagatoro Station, is dedicated to the worship of frogs, but is actually a play on words. The Japanese for frog is kaeru (蛙), but also a homonym for returning home (帰る), hence the boomerang, which (allegedly) returns to the thrower upon being hurled. (This is a story for another day). Also got to find some Engrish that appealed to my eternal schoolboy side.
豪キャブラリー:Divvy van
Divvy vanという言葉を悪者が聞くだけで怖い思いをする。厳密に言えばパトカーという意味だけどカーじゃなくてヴァンを示し、車両の後部分では檻が入って検挙された人がそこに閉じこまれることになる。 Divvy vanのdivvyはdivisional(<警察の>部隊)の省略だ。

