ボーガン・プライドという文化革命

これは、ボーガン文化の中でも 最重要のターニングポイントと言っていい。
かつて「ボーガン」と呼ぶことは、ほぼこう言うのと同じだった。
「お前は俺より下の階層だ。」
ところが時代が進むにつれ、こんな返しが増えていく。
「そうだよ、ボーガンだけど?何か問題でも?」
これぞ、典型的な 文化的リクレイメーション(再所有)。
世界中で、侮蔑語だったアイデンティティが 当事者によって“誇り”へと変換される現象は起きている。
でもオーストラリアの ボーガン・プライド には、 オーストラリア特有の“味”がある。
それは、次の文化要素と深く重なるからだ。
- エガリタリアニズム(平等主義)
- 反権威主義
- ラリキン精神(いたずら好きの破天荒さ)
- 気取りへの不信感
- ナショナル・プライド
- 労働者階級のアイデンティティ
- ユーモア
つまり、 ボーガン・プライドは「普通の人」を祝福するオーストラリア的国民性と直結している。
言語学者ロズリン・ローワンは、 「ボーガンの肯定的再解釈は、オーストラリアのナショナリズムと “普通の人”を称える文化傾向と結びついている」 と指摘している。侮蔑語だったはずの言葉が、 国民的アイデンティティの一部へと昇格する。これこそ、ボーガン文化の最大の魅力であり、 オーストラリアらしい文化のひねりでもある。
