英・豪の激戦がクリケットの遺骨争い?

広州アジア大会にて11月13日、日本女子代表キャプテン栗林江麻(バッター)、対ネパール。
 
 ちょうど、このトピックを掲載する頃、待ちに待った4年に一度しか開催されない最も長い歴史と伝統があるイングランド対オーストラリア戦「クリケットの納骨」「The Ashes」が、オーストラリアのブリスベーン市で始まる。

At about the precise moment this post goes online, England and Australia will be fighting it out for the Ashes in Brisbane, Australia, the long-awaited first Ashes Test Match in Australia for four years.

 クリケットは、オーストラリアの国民的な夏のスポーツ(イングランドもそうだが、、、)。英・豪の国際試合が1877年に初めて開始された。それ以降、戦時中を除き2年おきに各国がシリーズを開催し、1882年からは「イングランド・クリケットの遺灰(The Ashes、灰クリケットシリーズ)」杯で両国は競争し続けている。The Ashesの由来は、1882年にロンドンにおいて、オーストラリアが思いがけずイングランドに勝利した事に対し、ある人が「イングランドのクリケットは死亡し、遺体は荼毘にふされ、その遺灰はオーストラリアに持って行かれました。」というユーモアのある死亡広告を新聞に載せたことからだった。その死亡広告は両国間の人々の心を動かし、それ以降”The Ashes”を入手するために試合が行われる。クリケット界では最も古く伝統があり、ライバル国やクリケットに興味ある人々の中で特に注目を浴びている試合だ。

Cricket is Australia’s national summer sport (and England’s…). The first Test between England and Australia in 1877 became the first official international match, and the two countries have hosted each other at roughly two-year intervals since, except during wartime. Since 1882, they have fought for The Ashes, officially the “remains of English cricket.” The Ashes came about in response to an unexpected Australian victory over England in 1882 when an obituary mourning the death of English cricket was placed in a newspaper, noting “the body will be cremated and the Ashes taken to Australia.” The obituary touched a nerve in both countries and The Ashes tradition was born, becoming cricket’s oldest, most traditional rivalry and one that attracts the attention of cricket followers worldwide.

 世界中の100カ国以上の国でクリケットは親しまれているが、ほとんどの日本人には馴染みがない。しかし、実際には国内リーグがあり、今のところ予選通過した事はないとはいえ、日本代表もワールド・カップに参加している。
日本国内のクリケット人口は1000人を超えるらしい。日本クリケットの本拠地は富士山のふもと静岡市にある。ルールはかなり複雑だが、興味のある方は日本クリケット協会へ。ちなみに、先週終わったばかりの中国広州で開催されていたアジア大会では、栗林江麻をキャプテンとするクリケット女子日本代表チームが、見事に中国を破り銅メダルを獲得した。女子代表が女子ワールド・カップ出場経験がある。

Cricket is played in over 100 countries, but few Japanese know about it. But there are actually cricket leagues in Japan and the national team plays World Cup qualifiers, though it has yet to progress to the finals. Over 1,000 people play cricket in Japan, which has its headquarters at the base of Mount Fuji in Shizuoka. For more about cricket in Japan, please visit the Japan Cricket Association website. It should be noted that the Japanese women’s team led by Ema Kuribayashi took out the bronze medal in the Asian Games held in Guangchou, China, defeating the hosts in the fight for third place.

 最も伝統と歴史のあるシリーズの勝者が実存しない遺骨のために必死に戦うのがクリケットのおかしなところの一つだ。他にも面白い事が山ほどある。なお、オージー英語同様、クリケット用語も独特である。それについては別の機会に書くつもりだが、下記は1970年代に匿名のイギリス人がふざけて書いたクリケットの説明だ。語呂合わせや掛詞を使用しているので英語でも日本語訳と同じように訳が分からない文だが、恐るべき事に、クリケットに馴染んでいる人なら理解できちゃうのだ。

Like Strine, cricket has its own peculiar vocabulary, and a lot more other eccentricities, though these will be covered later in separate posts. In the meantime, an anonymous English writer in Britain in the 1970s came up with the explanation of cricket below. The English is as indecipherable as the Japanese, but frighteningly, would be obvious to those familiar with cricket.

知らない人にクリケットを説明する

 二つのチームがあり、一つがフィールドにいって、もう一つがフィールドにいない。いないチームの一人一人がインとなり、アウトになる。アウトになると次の人がアウトになるまでインとなる。全員がアウトになるとフィールドにいったチームがフィールドからあがり、フィールドにいなくてアウトになったチームがフィールドに入り、入ってくる人々をアウトにしようとする。ある時、インとなってアウトにならない人もいる。

クリケットの説明

Cricket: As explained to a newcomer…

You have two sides, one out in the field and one in. Each man that’s in the side that’s in goes out, and when he’s out he comes in and the next man goes in until he’s out. When they are all out, the side that’s out comes in and the side that’s been in goes out and tries to get those coming in, out. Sometimes you get men still in and not out.

 人がインになるためにアウトに向かうとフィールドにいるアウトとなった人が彼をアウトにしようとする。アウトになると次にインとなる人がインとなり、アウトに向かってインになる。アンパイア(審判)という人も2人いるがずーとフィールドの中にいって、インとなった人がアウトかどうかを決める。両チームがインとなってアウトとなったとアウトじゃない人を含めて両チームの全員がインとなって2回アウトとなったら、試合が終わる。

When a man goes out to go in, the men who are out try to get him out, and when he is out he goes in and the next man in goes out and goes in. There are two men called umpires who stay all out all the time and they decide when the men who are in are out. When both sides have been in and all the men have out, and both sides have been out twice after all the men have been in, including those who are not out, that is the end of the game!

クリケットを説明ビデオ(日本語吹き替え)

    関連リンク


クリケットとは
日本クリケット協会
アジア大会日本女子代表

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