「やばいリンガル」 Wag

 米・英語では犬などが喜ぶと尻尾をwagするけど、オージー英語だったらwagして喜ぶのは何者だろう?決して良いワンちゃんがやることじゃない。

In other forms of English, a dog wags its tail when pleased, but in Strine, Australian English, it’s certainly not the good little doggies that do the wagging.

Wag
日本語の意味
Meaning in Japanese
1) (犬などの尻尾を)振ること。
2) 面白くおかしな人
1) (Inu nado no shippo wo) furu koto
2) Omoshiroku okashi na hito
米・英語の意味
Meaning in U.S./British English
1) Shake, move bag and forth
2) A funny person (particularly British English, archaic) (Wag. Funny person (特に英語))
だけどオージー英語では、、、
But the meaning in Strine is....
(学校などを)サボる。ずる休みする。
To play truant, hookey. To sneak away from school classes or take sick leave without actually being sick.

Cop A Gander At These Rippers Too...

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    豪史上最低映画から俄ヒットへ

     今は、豪史上最低映画とされた「サー・レズ・パターソンが世界を救う!」25周年記念を向かった。  同映画は1987年公開した当時オーストラリア最大のスターたち勢揃いとなり、あの1980年代当初大ヒットした映画「スノイ・リバーからやってきた男」創作者ジョージ・ミラー氏が監督となってあの頃なかなか考えられない高予算が約800万豪ドル(現在約30億円)だったが、興行成績が僅か約60万豪ドルに止まり大きくコケタ。  同映画の動力となったのがコメディアンバリー・ハンフリーズ氏だった。同氏は、当時既に英語圏を中心に世界中に有名となっていて、その主な理由がメルボルン市の「ドはでな主婦」キャラであるデイム・エドナ・エバレッジや下品なノンベと典型的なクズ閣僚兼外交官キャラサー・レズ・パターソンだった。  この映画のあらすじは、サー・レズ・パターソンの強烈にくさいオナラが中近東とある国の政治化の死因となり、その見返りとしてトイレット・シートから感染する病気をなくするようにサー・レズ・パターソンとデイム・エドナ・エバレッジが戦う。(こける理由がなんとなく想像がつくよね、、、)  その後オーストラリア総理大臣となったポール・キーティング氏が映画公開当時財政大臣だった。当時、映画製作にあたり、国から助成金の対象となったいたが、キーティング氏が試写会に出席し、映画のひどさにあまりにも怒っていたので映画の助成金制度を廃止することにしたとうわさされた。  しかし、今では、広く愛されているハンフリーズ氏が引退に向けているということもあり、同映が見直されつつあり、公開25周年にも関わらずちょっとした俄ヒットとなっている。 公開した当時のニュース報道  

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    豪キャブラリー: Yahoo

    Yahooは、検索エンジン及びポータルサイトとして1990年代のインターネット普及によって世界中に有名な言葉となったが、実は昔からyahooがオージー英語でよく使われている言葉であり、「ふざける」という意味なのだ。  ちなみに、1980年代後半、オーストラリアのコメディがハリウッドを魅了し、ポーホーガン氏のクロコダイル・ダンディ映画シリーズに続き、Yahoo Serious氏というコメディアンが「ヤング・アインシュタイン」という1988作映画を世界中に大ヒットを記録し期待されたが、1990年に入ったら続々と映画がこけ、キャリアが自然消滅してしまった。が、、、ヤフーの登場につれて同氏が再び現れ、同サイトを無断で名前を使用したとして著作違反として訴えたが、敗訴して改めて公の場で見えなくなった。

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    豪キャブラリー: Shonky

    Shonkyは、いい加減に作られたものを示す言葉だ。大体の場合、あわてて組み立てたものに対してオージー英語で使われているので、響きだけで悪そうに聞こえる。Shonkyのものはあまり信用できない、、、、というか、全く信用できないと言ったほうがいいかもしれないので、胡散臭い人に対して言う場合も多い。

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    The Multi-Function Polis: 日本の新型都市をオーストリアで建設計画

     それほど遠くない昔前、日本が「日本の新型都市」をオーストラリアで建設する計画があったのは知っていた?  その都市はサンフランシスコのジャパン・タウンかロサンゼレスのリットル・トーキョーのような日本人や日本が大きく影響与える町の一部なところではなく、日豪政府が合同で運営する新しい都市を一から作ろうという大きな計画だった。また、その都市は当時の最先端技術を全面的に活用しようという予定だった。これはマルチ・ファンクション・ポリス(MFP)という都市だった。   オーストラリア政府が1980年代の半ば頃日本政府にMFP計画を発案した。当時、白豪主義などでずーと避けようとしたアジアに対して近づこうと豹変したオーストラリア政府の考えだった。日本がプラザ合意直後円高が続き40年間に及ぶ経済成長が絶好調に進みさらに一層景気が発揮するところだった(その「発揮」がバブルだということは後になった分かったが当時は「ジャパニーズ・ミラクル」として見られたのは忘れちゃいけない。)  日本が半導体などの世界的なリーダーであったので最先端技術及びその都市のブレーンなどを供給し、オーストラリアが場所を提供すると両国が合同で資金を出し、合同で運営する都市という計画だった。両国が計画に関する協議などが進み、候補地になるためオーストラリア各地で激しい競争を行い、最終的に南オーストラリアの首都であるアデレード市の郊外で作ろうとした。  しかし、オーストラリア国内での反発が激しかった。当時まだ潜在する反日感情が沸き、表でも与党党首だったアンドルー・ピーコック氏や復員兵が構成するRSL会長のアルフ・ガーランド氏を先頭に「あの都市がアジア人の居留地しかならん」など、反MFP計画勢が計画の反対を示し、なかなか進めなかった。  結局、時間が経つと共にオーストラリア政府の動きが鈍くなる。1980年代後半オーストラリアが深刻な不況に落ち、バブル絶好だった日本がその半日感情を考慮し強い後押しを控えた。最後に、反対の声が強すぎ、バブルが破壊し、計画が元通りで進めなくなって今では忘れられている日豪関係のエピソードのひとつである。  ちなみに、連邦政府がMFP計画を断念したけど、1998年に南オーストラリア州政府が独自で同計画を部分的に使いMFPの候補地でMawson Lakesという新型地域を建設した。でも、もう日豪合同都市という夢が絶望となって、日本でもオーストラリアの連邦(国)政府のいずれも関係なかったけどね、、、 この話しをさらに読みたいなら考えRooが下記のサイトをお勧めします。 マルチ・ファンクション・ポリス(MFP)(English) グローバリゼーション下の国際協力政策 ――MFPの事例――(日本語)