サメ研究、撮影パイオニア豪州人ロン・テイラー氏が死亡

Ron Taylor, RIP.
 約60年間に渡ってサメの生活を研究し、撮影したロン・テイラー氏がこの頃白血病によって亡くなられた、とオーストラリア・ジオグラフィック誌が報道した。
 テイラー氏の活動がほとんど妻ヴァレリー氏と共に行なった。
 夫妻が1953年「シャーク・ハンター」というサメに関するモノクロ映像を豪・米各テレビ局に売り、以降世界中にサメに対しての専門家として尊敬されるようになった。
 一定の年齢であれば、どんなオーストラリア人でもロン&ヴァレリー・テイラー夫妻を知っているはずだ。
 今でもサメに関する研究が比較的に珍しく、他の海洋生物同様それほど詳しく知識を集まっていない。しかし、サメに関する知識は恐らく世界中に同夫妻ほど蓄積した人がいないだろう。皮肉的にいずれも海洋生物学者ではなかったが、海洋生物学者に相談されるほうど経験によって蓄積してきた。
 当然、学習的な世界だけでなく、エンターテインメントの世界にも大活躍したし、「ジョーズ」などサメに関する知識をあらゆる分野に伝わってきた。ちなみに、同夫妻の撮影がほとんどケージ無しで行なっていた。
 下記のような迫力がある映像は同夫妻にとって朝飯前の仕事のようだった。

Valerie Taylor
ヴァレリー・テイラー氏による「サメの真相と神話」
*サメを倒せる (真)
*サメが泳ぐ犬に引き付けられる (真)
*サメが流れている血に引き付けられる (可能だが未確定)
*サメが横からしか噛めない (神話)
*サメが教訓できる (真)
*サメが後ろ向きで泳げる (神話)
*サメが夕暮れに近い時間で攻撃する (可能だが未確定)
*サメが淡水で生き残れない (神話)
*サメが常に動かないと息が出来なくて死ぬ (神話)
*サメ群れが縦社会 (真)
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