豪史上最低映画から俄ヒットへ

 今は、豪史上最低映画とされた「サー・レズ・パターソンが世界を救う!」25周年記念を向かった。
 同映画は1987年公開した当時オーストラリア最大のスターたち勢揃いとなり、あの1980年代当初大ヒットした映画「スノイ・リバーからやってきた男」創作者ジョージ・ミラー氏が監督となってあの頃なかなか考えられない高予算が約800万豪ドル(現在約30億円)だったが、興行成績が僅か約60万豪ドルに止まり大きくコケタ。

 同映画の動力となったのがコメディアンバリー・ハンフリーズ氏だった。同氏は、当時既に英語圏を中心に世界中に有名となっていて、その主な理由がメルボルン市の「ドはでな主婦」キャラであるデイム・エドナ・エバレッジや下品なノンベと典型的なクズ閣僚兼外交官キャラサー・レズ・パターソンだった。

 この映画のあらすじは、サー・レズ・パターソンの強烈にくさいオナラが中近東とある国の政治化の死因となり、その見返りとしてトイレット・シートから感染する病気をなくするようにサー・レズ・パターソンとデイム・エドナ・エバレッジが戦う。(こける理由がなんとなく想像がつくよね、、、)

 その後オーストラリア総理大臣となったポール・キーティング氏が映画公開当時財政大臣だった。当時、映画製作にあたり、国から助成金の対象となったいたが、キーティング氏が試写会に出席し、映画のひどさにあまりにも怒っていたので映画の助成金制度を廃止することにしたとうわさされた。
 しかし、今では、広く愛されているハンフリーズ氏が引退に向けているということもあり、同映が見直されつつあり、公開25周年にも関わらずちょっとした俄ヒットとなっている。

公開した当時のニュース報道

 

Cop A Gander At These Rippers Too...

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    豪キャブラリー:Crikey

    Crikeyはこの十数年でアメリカを中心に典型的なオージー英語の一つとなったが、実際にその一昔前までに死語になりつつあった。復活の理由は故スティーブ・アーウィン氏にあった。  多くの日本人にとって「スティーブ・アーウィン」が反捕鯨団体シー・シェッパードが使う船の名前かもしれないので、あまりいい印象を持てないかもしれません。  しかし、アーウィン氏は環境保全に熱心な方政治的に動くより「地球人」の一人みたいだった。陽気で明るく多くの人々に対してワニをはじめ多くのオーストラリア動物のことを世界中に紹介した。  アーウィン氏は、1990年後半からアメリカのテレビで「Crocodile Hunter」としてオーストラリアの大自然を紹介する番組や映画で大ヒットをし、得た資金を使って家族が古くから運営したAustralia Zooの運営などに使った。同氏が撮影中動物を見たどたんに「crikey」と叫ぶ、近く彼のうたい文句となった。アーウィン氏の人気が高まるとともにその言葉が彼自身そしてオージー英語のシンボルの一つとなった。  残念ながら5年前撮影中エイに刺されて他界へ。しかし、彼のおかげで「crikey」が不滅となり、現在オーストラリアで最も成功しているオンライン・ニュースサイト名にもなっている。

  • Trackies/ジャージー

    Trackies Australian English A tracksuit. In some cases, trackies may refer only to the trousers part of a track suit, in which case they may also be called trackie daks. Also see: daks 日本語 ジャージー。トラックスーツ。時には、ズボンの部分だけを穿くことがある。この場合は、trackie daksという。Daks にも参照。 Plain English A tracksuit, leisurewear. Strine Dictionary

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    The Japan-Australia Link As A Fallen Star Became A Black Hole

    Japan has become pretty much synonymous with high quality construction, but that didn’t prove to be in what was supposed to be a star project in Melbourne but ended up being more of a black hole. The 120-meter-high Melbourne Star Ferris wheel was supposed to be a boon for tourism in Australia’s largest city, as well as a strong leap forward for Sanoyas, an Osaka-based shipbuilding company looking to expand into the amusement park business. The Melbourne Star was plagued from the outset. It was supposed to open in 2006, but didn’t start taking customers until two years later. It ran for just 40 days when it was shut down…