How A Kangaroo Helped Japanese Game Shows Get Charitable

Tokyo Broadcasting System ran the very successful TBS Kangaroo Fund from 1976 to 2010, first to help children orphaned by traffic accidents, people with disabilities and the elderly before moving to help other social causes.

TBS never publicly explained its choice of a kangaroo to symbolize the fund, but the marsupial infers a friendly, protective image with its pouch equating to encompassing care, which signalled that donations would carry and protect vulnerable children

The TBS Kangaroo Fund collected viewer donations and corporate gifts and channelled grants to vetted charities and disaster relief.

TBS used on-air drives, dedicated donation numbers and tie-ins such as using cash for quiz and game shows that didn’t get a winner, which allowed for the network to divert the money to the fund. The TBS game show Quiz Derby turned game show leftovers into long-running social aid.

TBS Kangaroo Fund continued for decades. In 2010 TBS reorganised its giving under TBS Mirai Fund, and the disaster-relief arm was rebranded as the JNN/JRN Joint Disaster Fund.

The appearance of any company, organization, or individual on Kangaeroo.com does not constitute an endorsement, approval, or criticism of that entity or its actions. Content is included solely because it relates to themes involving Japan–Australia relations, with a particular focus on kangaroos, and should not be interpreted as expressing any evaluative judgment.
免責事項:「考えRoo.com」に登場する企業・団体・個人について、掲載は推奨・支持・批判を意味するものではありません。内容は、日本とオーストラリアの関係、とりわけカンガルーに関するテーマに関連するため掲載しているものであり、当該主体に対する評価や判断を示す意図は一切ありません。

Cop A Gander At These Rippers Too...

  • Laudable by Libs (Outside of Office) and Skillful Journalism

    For much of my life, I was something of a political animal, tempered by social requirements, but eventually tamed and then driven into apathy by circumstance. However, given a chance this week to watch a series of brilliant documentaries about Australian politics with a Tokyo connection, I felt stirrings of an old flame. Mark Willacy, a journalist for the Australian Broadcasting Corporation who was based in Tokyo as its North Asia correspondent from 2008 to 2013, interviewed more than 60 current and former Australian politicians for the three-part documentary series, Nemesis, that aired over the past couple of weeks and told the story of Australia’s three Liberal Party of Australia…

  • Tjukurrpa, Terra Australis, New Zealand, EendrachtslandそしてAustraliaへ

    「オーストラリア」は、ラテン語で「南の大きな大陸」という意味だ。 日本と同じようにオーストラリアも歴代国名も多数ある。 数万年前から今でいうオーストラリアに住んだ先住民たちは「国」というコンセプトさえなかったので、何百もあった部族に暮らし国全体を理解することはなかった。 その変わり、「夢期(ドリーミング)」ということがあった。その「夢期」は、世・存在やすべての物を含めて人それぞれ独自で解釈するすごく抽象的な意味があるが、その中「土」ようは「住む所」などの意味も含めた。その延長で「夢期」と「国」は、ある意味でイコールである。だとしたら、国名と「夢期」が同じであれば無理がない(まあ、あるけどさ、、、言いたいことがわかるよね)。言語も部族によって異なったため何百個もあったので当然言葉が違うが大きな部族の「夢期」の言葉はアレンテ族のTjukurrpa「ジュカーパ」が最もよく使われている例として挙げているじゃないかな? ヨーロッパ人が今のオーストラリアと接するようになるのは1606年のことだった。古代ローマ時代から地球の南に大きな大陸があるだろうと思われて「Terra Australis(南の土地)」と噂したが確実にその所があったかどうか検証できなかった。 しかし、1606年にオランダ人探検家であるWillem Janszoonが今ウェイパというクイーンズランド州の都市であり、ヨーク岬半島に位置し、カーペンタリア湾に面する。乗務員10人が殺されたり、土地があまり良くなくすぐ去ってオランダ領東インドに戻ったが、探検した国をオランダのゼーラント州にちなんで「ニウ・ゼーラント」と名づけた。しかし、その名前が浸透しなかった(後になってオーストラリアの隣国であるニュー・ジーランドで使えるようになったが)。でも、数年間オーストラリアがニュー・ジーランドと呼ばれたのが事実だ。 数年後の1612年10月。同じオランダ人Dirk Hartogが今のオーストラリア北西部にある世界遺産であるシャーク湾周辺に着陸し、3日間探検して初めて同国の一部の地図を作った。その上、別の名前を名づけた。それが自分の船をちなんで、「Eendrachtsland(Eendrachtsの国という意味)」だった。 17世紀前半ではTerra AustralisあるいはEendrachtslandと呼ばれたが、ヨーロッパ人が行くことがほとんどなかった。17世紀後半になると多くのオランダ人探検家がオーストラリアと接し、同国が「ニュー・ホランド(新オランダ)」と呼ばれるようになった。 以降、「ニュー・ホランド」またはTerra Australisと呼ばれた。1770のキャプテン・クック探検及び1788年イギリスが植民地化した後口語では「ボタニー・ベイ(Botany Bay)」と呼ばれることもあったが19世紀に入るとやっと国名を、ラテン語の英語化である「オーストラリア(Australia)」にした。 1824年当時事実上オーストラリアを統治したイギリス海岸が正式国名を「オーストラリア」と認めた。当時、「オーストラリア」は、現在のニュー・ジーランドを含めたの意味だったが1901年オーストラリアの独立・ニュージーランド抜きの連邦化に伴い現在の使用となった。

  • R U OK? Day 今日は豪州自殺防止対策を推進日

     「あなたは大丈夫ですか?」  この一言が命を救えるという想いからオーストラリア全国の自殺防止対策が生まれてきて、今日13日は豪全体の「R U OK? Day」となっている。  「R U OK? Day」は「あなたは大丈夫ですか?」という意味であり、英語のインターネット用語R U OK?(Are you OK?の省略)を使って、しばらく会っていない知り合いや友達に意図的に声をかけて、ほんの少しでも接するように人々に呼びかける官民共同で行っている運動だ。  14年連続年間3万人以上自殺した日本ほど深刻な状態じゃないかもしれないが、オーストラリアでも自殺が大問題となっており、毎年約2000人前後が自分の手で命を失うことになっている。  オーストラリアでも自殺を含めるメンタル・ヘルスに関する話しがなかなか表で出来なくそれらの病気を病んでいる人々がさらに苦しみ、自殺の大きな原因のひとととされている孤立化が進み問題解決が遠ざかることが分かった。そこで、自殺でもおおぴらで話せば自殺を含めるメンタル・ヘルスについての汚名が少しでも無くすようになることを狙っているようだ。  今年の「R U OK? Day」はいつもに比べてちょっとだけ特別な意味がある。豪政府は、メンタル・ヘルスに最も貢献した人をドン・リッチ賞を与えるということを13日発表した。  賞が名づけられたドン・リッチ氏は今年5月86歳で亡くなった方だった。リッチ氏の別名は「ギャップの天使」だった。ギャップはシドニー東部にある風景の美しさで有名となった崖縁だ。しかし、もうひとつ有名となっている理由がある。 オーストラリアで最も有名な自殺スポットだ。 リッチ氏は、50年近くキャップ周辺に暮らし、がけぶちに近づき恐ろしいことを考えそうな人を見かけたら必至に追っかけて話しをかけて飛びおりしないように説得しようとしようとして、最後に助かった人を一緒に自宅でお茶などをして救いがやってくるまでその苦しんだ人を見守る。 そのまま飛び降りた人も実はいったが、何百人も助かったと認められて「ギャップの天使」と呼ばれるようになった。本人が他界へといったかもしれないが、この賞によって彼の行動や思いやりに関する記憶が永遠に。  ちなみ、「あなたは大丈夫ですか?」 Angel of the Gap 東京自殺防止センター Suicide Prevention Australia