ボーガンの“影”の部分

ここまでボーガン文化の面白さや魅力を見てきたけれど、 ロマンチックに語りすぎるのは危険でもある。
「ボーガン」という言葉は、 ときに 強烈な階級差別(classism) を含む。つまり、もっと丁寧に言うと、、、 “上から目線の侮辱を、上品っぽく包んだ言い方” として使われることがある。たとえば、こんな人たちをまとめて貶めるために使われることがある。
- 貧しい人
- 特定の郊外に住む人
- 学歴が低い人
- 特定のアクセントの人
- 特定の趣味を持つ人
そして、ボーガン文化に結びつけられるステレオタイプには、 こんな“暗い側面”も含まれる。
- 女性蔑視
- 人種差別
- 同性愛嫌悪
- 過度な飲酒
- 暴力
- 反知性主義
- 反社会的行動
もちろん、 これらが「ボーガンと呼ばれるすべての人」に当てはまるわけではない。むしろ、ここがボーガンという言葉の“厄介さ”であり“面白さ”。
「ボーガン」は“スリッパリー(滑りやすい)”な言葉
ある学術研究では、 「ボーガン」は “sticky sign(粘着する記号)” と呼ばれている。理由はこうだ。同じ言葉が、同時に、、、
- 軽蔑
- 愛情
- 自己同一化
- 自己否定
を引き寄せるから。
つまり、 ボーガンは侮辱にもなり、誇りにもなり、ジョークにもなり、社会分析にもなる。この“多層性”こそが、 ボーガン文化を単なる俗語ではなく、 オーストラリア文化の深い鏡にしている。
