先住民のため改憲に「YES!」

オーストラリアは、本日(2023年10月14日)国民投票が行う。

アボリジニ―やトレス海諸島など先住民の位置を明文化するために、連邦政府(国)に対して政策を提言でいる諮問機関「Voice to the Parliament(国会への声)」に憲法改正の是非を問う投票が行われる。

同機関が設立されたら国政策等に対して先住民の意見・助言など伝える役割となり、拘束力もなく権限も全くない。

考えRooとしては賛成するの当たり前のことです。植民地化されて国が乗っ取られた全人口の約3.2%を占める先住民は、大半の社会経済指標で全国平均を下回る生活を送っている上に今でも他のオーストラリア人よりも精神的・身体的疾患の割合が高く、失業率が高く、寿命が短い。オーストラリアは先住民の国である。言い分を言わせるべきだ。また、脱植民化工程の一歩となる。

刑務所に拘束されている先住民(1902年写真)

オーストラリアが先住民に対して酷い歴史がある。1967年の国民投票まで国民として承認しなくて、扱いが動物同様でした。1970年代まで続いた白豪主義も先住民を不有利だった。

1967年で先住民を国民として認めて国民投票が圧倒的に賛成し改憲となったが、国民投票の賛成が極めて難しい。全国で過半数の支持を得た上、6州中4州以上で過半数の支持を集める必要がある。独立1901年から国民投票は44回行い、賛成したのはわずか8回。

昨年まで、与野党が先住民が賛成気味だったが、白人至上主義者の兆候が見られる与党党首であるピーター・ダットン氏を先頭に反対派が生まれ、勢いが強まった。反対派は人種による国の分断につながり先住民に過剰な発言権が与えられると訴えている。残念ながら、投票当日「No」が圧倒的に支持されそうだ。

オーストラリアの人種差別歴がこれからも続きそうだ。

Cop A Gander At These Rippers Too...

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    豪州アイコンが引退へ

    もしかして世界で最も有名なオーストラリア人エンターテーナーが現在のツアーが終了するにもって引退することを最近発表した。  日本ではそれほど馴染みがないが少なくとも英語圏ではデイム・エドナ・エヴァレッジが舞台をやめることになった。  メルボルン市モーニー・ポンズ在住(埼玉県春日部市の感覚かな?)自称主婦兼メガースターデイム・エドナは、広く愛され続けてイギリス皇室をはじめ世界中に1956年のデビュー以来の50年以上に渡っててファンを集まった。  現在、オーストラリアで自身の舞台ツアーが行っているが、終わったら(まだ終わりの日付が未定)二度と舞台に上がらないという。  ド派手で自慢話が特徴だけど、ユーモア溢れているデイム・エドナは本当に存在感が偉大であり、演奏しないと多くの人が恋しくなるだろう。  ちなみに、デイム・エドナ人気のもう一つの理由はコメディアンバリー・ハンフリーズ氏(男性)が演出している。同氏が既に78歳であるので、エドナ引退に関わった可能性もある。 デイム・エドナについてさらに詳しくはこちらへ。 Story about Dame Edna Everage’s retirement (English)

  • The Strine Why Atorkin: Natchrule Strine

    Read this in Plain English/プレーン英語で読む Read this in Japanese/日本語で読む Chrissie It was getting close to Chrissie, which prompted me to chuck a sickie. I was still in the nuddy, so I slipped on some grundies. I went to light up a durry, but I’d run out and had to have a rollie. It was perfect weather and I wondered if the blokes from out Woop-Woop would be into having a barbie and lairing it up with me in Brizzie, the Big Smoke.

  • Tjukurrpa, Terra Australis, New Zealand, EendrachtslandそしてAustraliaへ

    「オーストラリア」は、ラテン語で「南の大きな大陸」という意味だ。 日本と同じようにオーストラリアも歴代国名も多数ある。 数万年前から今でいうオーストラリアに住んだ先住民たちは「国」というコンセプトさえなかったので、何百もあった部族に暮らし国全体を理解することはなかった。 その変わり、「夢期(ドリーミング)」ということがあった。その「夢期」は、世・存在やすべての物を含めて人それぞれ独自で解釈するすごく抽象的な意味があるが、その中「土」ようは「住む所」などの意味も含めた。その延長で「夢期」と「国」は、ある意味でイコールである。だとしたら、国名と「夢期」が同じであれば無理がない(まあ、あるけどさ、、、言いたいことがわかるよね)。言語も部族によって異なったため何百個もあったので当然言葉が違うが大きな部族の「夢期」の言葉はアレンテ族のTjukurrpa「ジュカーパ」が最もよく使われている例として挙げているじゃないかな? ヨーロッパ人が今のオーストラリアと接するようになるのは1606年のことだった。古代ローマ時代から地球の南に大きな大陸があるだろうと思われて「Terra Australis(南の土地)」と噂したが確実にその所があったかどうか検証できなかった。 しかし、1606年にオランダ人探検家であるWillem Janszoonが今ウェイパというクイーンズランド州の都市であり、ヨーク岬半島に位置し、カーペンタリア湾に面する。乗務員10人が殺されたり、土地があまり良くなくすぐ去ってオランダ領東インドに戻ったが、探検した国をオランダのゼーラント州にちなんで「ニウ・ゼーラント」と名づけた。しかし、その名前が浸透しなかった(後になってオーストラリアの隣国であるニュー・ジーランドで使えるようになったが)。でも、数年間オーストラリアがニュー・ジーランドと呼ばれたのが事実だ。 数年後の1612年10月。同じオランダ人Dirk Hartogが今のオーストラリア北西部にある世界遺産であるシャーク湾周辺に着陸し、3日間探検して初めて同国の一部の地図を作った。その上、別の名前を名づけた。それが自分の船をちなんで、「Eendrachtsland(Eendrachtsの国という意味)」だった。 17世紀前半ではTerra AustralisあるいはEendrachtslandと呼ばれたが、ヨーロッパ人が行くことがほとんどなかった。17世紀後半になると多くのオランダ人探検家がオーストラリアと接し、同国が「ニュー・ホランド(新オランダ)」と呼ばれるようになった。 以降、「ニュー・ホランド」またはTerra Australisと呼ばれた。1770のキャプテン・クック探検及び1788年イギリスが植民地化した後口語では「ボタニー・ベイ(Botany Bay)」と呼ばれることもあったが19世紀に入るとやっと国名を、ラテン語の英語化である「オーストラリア(Australia)」にした。 1824年当時事実上オーストラリアを統治したイギリス海岸が正式国名を「オーストラリア」と認めた。当時、「オーストラリア」は、現在のニュー・ジーランドを含めたの意味だったが1901年オーストラリアの独立・ニュージーランド抜きの連邦化に伴い現在の使用となった。

  • Bunger: When A Cracker Is More Than Just A Bang

    There are fireworks, and then there are fireworks that make everyone look up and ask what the hell just happened. A bunger belongs to the second category. The word traditionally referred to a particularly large firecracker. In Australia, bunger has long had a reputation for being the sort of explosive device that was far too impressive for its size. The important point for modern readers is that these devices are now heavily restricted, and legality varies according to Australian jurisdiction. bunger は、昔のオーストラリアで使われた「大型の爆竹」や「大きな爆竹型花火」を指す俗語です。現在のオーストラリアでは、花火や爆発物に関する法律が州や準州によって異なり、一般の人が自由に扱えるものではありません。したがって、現代の会話では歴史的・文化的な言葉として知っておくのが安全です。 Meaning Bunger is Australian slang for a large firecracker or explosive firework. The word is associated particularly with the old-fashioned Australian culture of homemade or illegally obtained fireworks….