「強盗殺人」なのにBig Thingsを含めて豪がNed Kellyを称える理由は何だ?

The Big Ned Kelly, Glenrowan, VIC
 今日の「Big Things」はオージー文化に深く関わるものと関するが、その背景が分からないと理解しがたいかもしれない。
 ビクトリア州グレンロアンにある高さ6メートル幅2メートルのBig Ned Kellyは、オーストラリアで英雄とされているネッド・ケリーを称える。
 「英雄だったら、すごい人だろう?」と思うだろう。
 が、、、
 、、、実は、強盗殺意人だ。
 ま、石川五右衛門ロビン・フッドのように、裕福な人や権力を乱用する人に対して盗難をし、得たものを庶民に配ったりするような犯人だったらなんとなく分かるような気がするね。
 しかし、、、そのような強盗者でもなかった。盗んだ物を自分・自分のギャングしか使わなかったし、殺した人が警官及びかつて親しいだった友人だった。
 じゃ、政治的な理由でそのようになって人々のために戦った人物だったのか?
 それも、ない。イギリス植民地時代だったので、抑圧されたアイルランド系の人だったに違いないが生きている間に特に政治的な動きをしたことはそれほどなかった。後になったそのように描こうとした人が時々出てくるが、本当は恐らく違う。
 なんだかんだ言ってもネッド・ケリーはただの強盗殺人としか言うようがない。
 なので、何でオーストラリアでそんなに尊敬されている?全国で英雄扱い、史上初長編映画の主体となり、以降ミック・ジャガーヒース・レジャーなどがネッド・ケリー役を演じたり、実物が警官と正念場があったグレンロアンを中心に活動した地域が観光地となったり、研究の主体となったりしてネッド・ケリー神話が壮大となって、どんなオーストラリア人でもよく知っている。
 でも、ただの強盗殺人だったら何でそんなに尊敬されているだろう?
The OTHER Big Ned Kelly, Maryborough, QLD
 不思議でしょうがないよね。
ネッド・ケリーが自作鎧で警察と銃撃戦を行い、その末で捕まえられ死刑となった。鎧が確かに格好良かったので、それだけで人々を魅了したかもしれない?
それとも、多分、正解は豪州のヨーロッパ系歴史にあるかな?
 そもそもイギリス人がオーストラリアを植民地化した理由は流刑地になるためだった。
 ヨーロッパ系住民のほとんどが囚人だったので、反権威主義の人が比較的に多かったかもしれない。犯罪に対しての見方がじゃっかんゆるいところがあったかもしれない?
 未だにまだその傾向が豪社会で見える部分がある。
 豪史上最多数ノンフィクション本の作家は自称ヒットマンであるマーク・チョッパ・リードが執筆した。そして、今で豪テレビで実際に起きた犯罪や実際に起こした実在する犯人を題材とした圧倒的に支持されて最も人気番組がアンダベリー・シリーズである。
 こういう豪社会の潜在的な反権威主義がネッド・ケリー神話の基礎となっているかもしれない。本当の理由は何か分からないが、奥が深いに違いない。
 ちなみに、グレンロアンにはもう一つの「Big Things」がある。これはBig Cherryだ。それについてまた後日掲載する。
 そして、もう一つのネッド・ケリー「Big Things」もある。それがクィーンズランド州にある。ネッド・ケリー自身が同州へ行くことはなかったのでなぜそこに作られたが、全国的の人気の象徴とも言えるだろう。その「Big Things」同州メリーバラという町にある。

ヒース・レジャーが主人公となった「ネッド・ケリー」2003年

ミック・ジャガーが主人公となった「ネッド・ケリー」1970年

The Story of the Kelly Gang


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