Australian Ambassador Urges Japanese TPP Involvement

Australian Ambassador to Japan Bruce Miller
Australian Ambassador to Japan Bruce Miller has implored Japan to actively engage in negotiations for the Trans-Pacific Partnership (TPP).
Miller, during an interview with a Japanese newspaper during the week, called the relationship between the two countries a “win-win” one, then went on to urge Japan to grow, saying that Asia could not grow without Japan.
Miller spoke to the newspaper about the recently released white paper, “Australia in the Asian Century,” in which Japan was named as an important partner for Australia.
Miller said that Australia can contribute to Asia in many ways, helping with economic growth through the stable supply of natural resources and contributing to regional security.
The ambassador said that security cooperation with Japan could be used in a variety of ways to contribute to regional security, such as jointly tackling terrorism, natural disaster response and maritime security.
Miller recommended Japan join in negotiations to enter the TPP, saying that it would be beneficial for it to do so. Japan is an observer to the negotiating process, but has been reluctant to actively engage due to the requirement that it open its agricultural, automotive and insurance markets to an extent greater than they are currently accessible for foreigners.
The Japanese newspaper article from Nov. 28 is reproduced below.

オーストラリア:アジア戦略白書 成長の機会、必ず手中に ミラー駐日大使に聞く
 オーストラリア政府は10月、アジアの急成長を豪州の繁栄につなげるため、経済、地域安全保障などの分野で25年までに取り組むべき目標を盛り込んだ「アジアの世紀の中の豪州」白書を発表した。ブルース・ミラー駐日大使に白書の意義や日豪協力の方向性、中国との関係を聞いた。
 中国やインド、韓国、インドネシアなどの急成長でアジア地域の広範囲に機会が広がっている。世界の経済成長(のバランス)が変化しており、我々がその機会を確実にとらえるようにしたい。豪州はアジアに多くの貢献ができる。安定的な天然資源の供給でアジア地域の経済成長を助け、地域の安全保障にも寄与する。
 日本とは「ウインウイン(互恵)」で非常に貴重な関係だ。アジア地域の他国との関係のモデルだ。アジアで日本なしの成長はありえないし、日本には成長してほしい。日本の判断を見守りたいが、環太平洋パートナーシップ協定(TPP)への日本の交渉参加は日本にとっても我々交渉参加国にとっても良いことだ。
 日本との安全保障協力は米国との同盟関係と同様、地域の安定への貢献であり、テロや気象災害、海上安全保障などあらゆるものが対象だ。ただ、(日中が対立する尖閣諸島を含む)東シナ海の問題は抑圧や侵略なく平和的な手段で解決されることを促したい。経済成長や社会の安定を目指す中国も地域の安定と平和を求めている。
 中国とは政府の仕組みが違い、米国や日本との間にあるような共通の価値観も共有していないが、とても良好な経済的関係を築き、防衛分野や政治的分野でも良好な対話を続けている。アジア地域のフォーラムへの中国の関与や、地域の安定、繁栄のための目標や貢献のあり方について認識を共有することはみなの利益だ。ただ、中国の軍事支出については透明性をより高めるようにいつも中国側にただしているし、中国の対応を期待している。

Cop A Gander At These Rippers Too...

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    オージー英語が革命を逃した時代

     1970年代前半オーストラリアは、画期的な時代だった。社会的な変化が多い時代であって今のオーストラリアに大きな影響与えている時期でもあった。その激しく変わる時代の中であまり知られていない変化のひとつはあのストライン、要するにオージー英語だった。  1972年に革新派のゴフ・ホイットラム氏を首相としてオーストラリア労働党が23年ぶり政権となった。独立した1901年以降ほとんど保守派の政権下だったオーストラリアは、ようやく1960年代のカウンターカルチャー運動などによって大きく変化を起こした欧米に比べて時代遅れて数多く進歩的な動きが始まった。ホイットラム氏が首相となって数か月以内に先住民族の権利を認め、1960年代半ばから実質的に実施しなかった白豪主義を正式に廃止し、ベトナム戦争の参戦撤去、18歳に投票権を与え、徴兵制を廃止したなど、豪社会の芯まで変えた。移民政策が白人移民を中心よりアジアをはじめ有色人種を積極的に受け入れるようになったなど、ようやくオーストラリアがイギリスを中心にヨーロッパの前哨基地としてでなく、アジア・太平洋地域の一国である認識を持つようになりつつあった。  しかし、あまり知られていない変革も起こそうとした。それはSR1の導入だった。SR1はSpelling Reform 1(綴り変革1)の省略だ。話す言葉に影響がなかったが英語の綴りが話す言葉に近づけるようにした。英語を勉強したことがある誰でも分かるように身に付けるには最も難しいところのひとつが英語の綴りのことだ。スペルの例外が数えきれないほど多くあり、矛盾さが目立ち特に第二言語として学ぼうとしている人たちにとって苦しませることが多数ある。SR1は総合的に英語のスペルをもっと合理的にしようとした。必要ないEを廃止するやf音をするphをなくすなどしようとした。他のスペル変革の例はこのようだった。 are→ar, were→wer, give→giv, have→hav, large→larg, some→som, because→becaus, gauze→gauz, leave→leav, freeze→freez, valley→vally, achieve→achiev, examine→examin, practise→practis, opposite→opposit, involve→involv, serve→serv, heart→hart.  雄弁で評価されているホイットラム氏は英語の変革にも熱心だったので、SR1の密な支持者でもあった。そこでホイットラム政権が豪政府の正式用語としてSR1を導入した。たとえば、当時の健康省がHealth MinistryからHelth Ministryとなった。  このように英語のスペルがだいぶ分かりやすくなった。同時メートル法の導入をして大成功に終わった。だが、SR1が正式に採決したとは言え、実質的に使うところがほとんどなかった。役員たちが使ったとは言え一般庶民に馴染みがなく従来のスペルと使い続けた。  ホイットラム政権がスキャンダル連発で1975年に連邦総督ジョン・カー氏によってホイットラム首相を罷免した。同時に政府の正式用語としてSR1使用が終了となった。同年豪州全国教職員組合がSR1を公式語として採決したが一般社会同様実質的に従来通りのスペルを使い続くことしかなく徐々にSR1支持者の数が自然不滅するようになって1980年代まで趣味程度で続ける人しかいなかった。  今でもSR1を支持する人々や団体が存在するがあくまでも超少数派である。ちょっと残念かもしれない。どう見ても英語が母国語じゃない人たちにとって文書が極めて分かりやすくなるがhttp://en.wikipedia.org/wiki/SR1SR1のような変革を現時点豪ホイットラム政権のような公的な認可はまずなく、社会的な支持がさらに現れそうもない。 当時革新派だった豪労働党がキャンペーンに使用された曲の波紋が広がったが英語綴り変革が失敗に終わった SR1の詩 Draw a breth for progress, Tred abrest ahed. Fight agenst old spelling, Better “red” than “read”. Spred the words at brekfast, Mesure them in bed, Dream of welth and tresure, Better “ded” than “dead”.

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    Did You Know A Japanese Cure Turned Out To Be A QR Aussies Use Daily?

    オーストラリアで毎日使われる便利なものが、日本生まれだと知っていましたか? Aussies scan QR codes countless times every day—for café menus, concert tickets, parking and payments. Yet few realise the technology was invented in Japan by one engineer who wanted to make work easier. カフェのメニュー、コンサートのチケット、駐車場の精算やキャッシュレス決済。オーストラリアでも毎日使われるQRコードですが、その技術が日本で、一人の技術者によって生み出されたことはあまり知られていません。 Meet the man behind the square あの四角いコードを生んだ技術者 In 1994, Japanese engineer Masahiro Hara developed the QR code while working for Denso Wave. The company needed a faster way to track vehicle components during manufacturing. Hara’s solution could store far more information than ordinary barcodes while remaining quick to scan. 1994年、日本の技術者・原昌宏(はら まさひろ)さんは、デンソーウェーブで働きながらQRコードを開発しました。自動車部品をより効率よく管理するため、従来のバーコードより多くの情報を記録でき、素早く読み取れる仕組みを考え出したのです。 A gift, not a monopoly 独占ではなく、世界への贈り物 Although Denso Wave patented the technology, it chose not to enforce the patent rights. This allowed QR codes…