Why Do Japanese Musicians Keep Bringing Taiko to Australia?

なぜ日本の和太鼓はオーストラリアで愛され続けているのか?

From school halls to multicultural festivals, the powerful sound of taiko echoes across Australia. Behind every performance are Japanese teachers and volunteers who have spent decades sharing far more than music.

学校の体育館から各地のフェスティバルまで、力強い和太鼓の音がオーストラリア中に響いています。その背景には、音楽だけでなく日本文化そのものを伝えてきた多くの日本人指導者の存在があります。


More Than a Performance

演奏だけではない

Taiko performances are exciting.

But rehearsals are where friendships begin.

Australian and Japanese players practise together for months before stepping onto the stage.

演奏だけではない

和太鼓は迫力ある演奏が魅力です。

しかし、本当の交流は練習から始まります。

日本人とオージーのメンバーは、何か月も一緒に汗を流して本番を迎えます。


Teaching Without Words

言葉を超えた指導

Many Japanese instructors speak only limited English.

Many Australian students know little Japanese.

Rhythm becomes their shared language.

言葉を超えた指導

日本人指導者の中には英語が得意ではない人もいます。

一方、オージーの生徒も日本語を話せるとは限りません。

それでも太鼓のリズムが共通の言葉になります。


Building Community

地域をつなぐ太鼓

Community festivals across Australia regularly feature taiko performances.

They attract audiences of every background.

For many Australians, hearing taiko is their first encounter with Japanese culture.

地域をつなぐ太鼓

オーストラリア各地の地域イベントでは、和太鼓演奏が人気を集めています。

観客の多くは日本文化に初めて触れる人たちです。

太鼓は文化交流の入口にもなっています。


An Unknown Nichigo Story

「知られざる日豪交流」の物語

Few people think of taiko as international diplomacy.

Yet every rehearsal, every concert and every beginner’s lesson helps deepen understanding between Australia and Japan.

Sometimes friendship begins with a single drumbeat.

「知られざる日豪交流」の物語

和太鼓を外交と結び付けて考える人は少ないでしょう。

しかし、一回の練習、一度の演奏、一人の初心者への指導が、日豪の相互理解を育てています。

友情は、一打の太鼓の音から始まるのかもしれません。


Did You Know?

Australia is home to dozens of community taiko groups, many founded or taught by Japanese musicians who chose to share their culture with local communities.

豆知識

オーストラリアには数多くの和太鼓グループがあり、その多くは日本人演奏家や指導者によって育てられてきました。


Sources

Cop A Gander At These Rippers Too...

  • クラシック豪テレビの各種「Stairway to Heaven」が面白い

     伝説的なオーストラリア人であるロルフ・ハリス氏が6日再びイギリスで性的虐待容疑で逮捕されたが、多くの人がその83歳になる主に英国で活躍した芸能人がしたとされていることを信じていない。  オーストラリア・イギリス両国だれでも知っているハリス氏は、1950年代から始まった歌や描きなど子供を中心に行なったパフォーマンスが暖かい思い出となっている。ハリス氏の面白い歌の特徴が「Tie me Kangaroo Down, Sport」のようなオーストラリアがテーマである上、ディジェリドゥやご自身発明のウォッブル・ボードを使うことだった。  まだ現役パフォーマーとは言え、ハリス氏が最後に大ヒットしたのは1993年発表したレッド・ツェップリンの「Stairway to Heaven」を自分風にカバーして英国、豪州、他No.1となった。(その後、ツェップリンのロバート・プラント氏とジミー・ページ氏が恩返し<?>としてハリス氏曲をカバー版出した、、、。)  実は、ハリス氏がこの曲を作ったのは、「The Money or the Gun」というクラシックオージーテレビ番組のためだった。その番組は1988年から1990年の間に上映され、番組の一コーナーが色々なミュージックのジャンルによって同曲を弾く。ハリス氏の他の例としてビートルズ風かゴスペルやオペラ。以下が各種の「Stairway to Heaven」やその詳細。ツェップリンのファンが見逃せない内容だ! Rolf Harris – Stairway to Heaven (豪風コメディ版) Leonard Teale – Stairway to Heaven (ドラマ風の詩) Stairway to Heaven (オペラ版) Stairway to Heaven (フェム・ファテレ版) Stairway to Heaven (ドアーズ風版) Stairway to Heaven (B-52s風版) Stairway to Heaven (プレスリー版) Stairway to Heaven (ビートルズ風版) Stairway…

  • |

    Japan’s Fans Still Go Mad For Australia’s Most Successful Film Franchise

    One of the most outstanding characteristics I have found of many Japanese people in almost four decades of living here is that it is highly common for fun to be taken very seriously, indeed. One area where I have seen that trait on display comes with the franchise related to Mad Max, whose five movies…

  • 豪首相、野党党首、閣僚など選挙活動中パブ・バンドのPVに出演

     9月7日総選挙があるにも関わらずオーストラリア総理大臣ケビン・ラッド、野党であるリベラル党党首トニー・アボットやその他勢揃い与野党政治家他がオーストラリア首都キャンベラのパブ・バンドであるSuper Best Friendsの新曲「ROUND & ROUND!」のプロモーション・ビデオに出演し、課題ととなっているとニュース社が報道している。 Australian Prime Minister Kevin Rudd and Opposition Leader Tony Abbott are among the large number of politicians from all parts of the political spectrum to take time off from campaigning for the Sept. 7 election to appear in a music video for pub band Super Best Friends‘ new song, Round…

  • |

    メン・アト・ワークのメンバーが死亡

    1980年代全世界で大成功したバンドであるMen at Workは、一定の年齢のほとんどのオージーにとって特別な存在である。考えRoo自身も例外ではない。  メン・アト・ワークの現役時代がそれほど長くなかったが、1982年にオーストラリアで発売した「Down Under」が米国をはじめ世界中に大ヒットした。そして、1983年オーストラリアIIがアメリカズ・カップのヨットレースを優勝し、アメリカの132年間同カップの統治にピリオドを打った時に同曲がオーストラリアでまるで国歌のような存在となり、一気にメン・アト・ワークが国民的な英雄のような存在となった。(優勝した当時のオーストラリア雰囲気を説明すると昨年震災直後なでしこジャパンがサッカー女子ワールド・カップを優勝して全国がまるで一つとなって祝った感じが近い。当時豪首相だったボブ・ホーク氏が優勝に対した「今日、ボスが休ませてくれないとくそたれだ」と発言したのは有名な話。当時、高校生だった考えRooはヨットに全く興味ないにもかかわらず学校行く前に優勝した瞬間をラジオで聞き大喜びで祝った覚えがある。)  しかし、そのメン・アト・ワーク、いやオーストラリア全体にに対して大きなショックが起きたのは今年4月19日のことだった。「Down Under」の最も印象的な所だあろうフルートの部分のフルートを吹いたパーフォーマーであるグレッグ・ハム氏が突然死したとのことだ。現時点、心因が不明だが、アルコール関係だとうわさされている。  実は、メン・アト・ワークの黄金時代後ハム氏が色々苦労したようだ。1980年代で稼いだがその後それほど大きな実績がなく印税で暮らして時々演奏などをしたハム氏。しかし、「Down Under」がでて25年目いきなり「フルートの部分がオーストラリアの児童歌の盗作だ!」と主張するレコード会社が現れ、メン・アト・ワークを訴えた。客観的に見ればどうも似てないにもかかわらず2010年の判決ではメン・アト・ワークが敗訴し、ハム氏にとって金銭的及び評判にとっても大きな打撃を与えたそうだ。二人の父となったハム氏は、印税を失い弁護費を背負うようになったので「家を売れないと金がない」ということをいい、多くの知り合いが判決後のハム氏が「欝」「苦しいだ」という。  ちなみに、「Down Under」のおかげでchunderというストライン(オージー英語)が一時期世界中に有名な言葉となった。  ハム氏は、19日付自宅に訪ねた友人が倒れている姿で見つけたが既に死亡だった。58歳だった。 関連記事 Bugger me, Bob! 豪州元首相の豪俗語が外交的な事件になりかけた頃 豪キャブラリー: Chunder

  • |

    オーストラリアでも伝説的な存在Fighting Harada!

     多くの人にとって驚く話かもしれないが、日本ボクシング界の伝説的な歴代世界チャンピオンFighting Haradaは、オーストラリアにもスーパースター扱いされている。 Former world boxing champion Masahiko “Fighting” Harada is a legend in his home country, but few Japanese are aware he occupies a similarly exalted status in Australia.  一連の動画シリーズによってこの数週間その理由を迫る。 We’ll use a series of videos over coming weeks to find out why.  話の始まりのは1968年2月。 The legend starts in February 1968.  ファイティング原田がまだ世界バンタム級チャンピオンだった。 Fighting Harada was then…