日本人移民、オーストラリアの米産業成功の父となる

知られざる日豪関係

Australia Owes Booming Industry to ‘Ricing’ Son

高須賀 伊三郎(穣)(右)と妻イチコ、オーストラリア、ビクトリア州にて
 オーストラリアは、現在世界トップ20圏内に入る米の生産国となっているが、そのルーツは20世紀初期に移民した日本人にあった。

Australia’s rice industry is among the world’s 20 largest and the business Down Under owes its start to a Japanese immigrant early last century.

 “高須賀伊三郎(穣)氏は、武士の家に生まれ、帝国国議会議員を経て、ビクトリア州マリー地域で実験的に米の栽培を行った後、同州のスワン・ヒル潅漑地域で稲作農場を始めた。

Isaburo (Jo) Takasuka (sometimes spelled “Takasuga,” an alternate reading of the characters in his name), a one-time parliamentarian from a samurai family, grew rice experimentally in the Mallee area before creating rice farms in the Swan Hill Irrigation District in Victoria.

 同氏は、1905年に妻イチコ、長男ショウ、長女アイコ等と共にオーストラリアに移民した。1908年に稲作を開始し、次男マリオが1910年に生まれた。 1914年には、干ばつや洪水を乗り越えた末、ジャポニカ種米の商業用の収穫に成功した。以降、ニュー・サウス・ウェールズ州政府に種を寄付し、これがリベリーナ地域で好調が続く米産業の基礎となった。

Takasuka arrived in Australia in 1905 with his wife, Ichiko, son, Sho, and daughter, Aiko. He began growing rice in 1908 and a second son, Mario, was born in 1910. In 1914, Takasuka overcame drought and floods to produce a commercial crop of rice with the japonica strain. He donated seeds to the New South Wales government and these were used to become the basis of a successful industry in the Riverina district.

豪州の米田んぼ。豪産米の田植えが飛行機で行なうことがある。
 現在、オーストラリアの米生産量は年間100万トン前後にまでなった。世界で最も効率的な米生産を行っているのは、生産及び輸出するための助成金を一切受けていないオーストラリアの米生産業者だとオーストラリア国立農家連盟は言う。

Australia now produces about 1 million tons of rice annually. Australian rice farmers are among the world’s most efficient, receiving no government subsidies for production or export, according to Australia’s National Farmers Federation.

 オーストラリア米産業の生みの父である高須賀氏は、日本に帰国した後、1940年に亡くなったが、子孫は未だにオーストラリアに在住している。

Takasuka, the father of the Australian rice industry, returned to Japan and died in 1940, but his descendants remain living in Australia to this day.

    参考文/Reference


National Farmers’ Federation Rice Facts
Timeline of Australian Rice History
Rice Growing Pioneer of Australia, Mr Isaburo (Jo) Takasuka
Isaburo Takasuka
初の米商業販売:スワン・ヒルでの高須賀ジョー

Cop A Gander At These Rippers Too...

  • | |

    日系ディガー:知られざる日豪戦友

    11月11日。オーストラリアを含めて英国連邦各国では「リメンバランス・デー」として、第1次世界大戦の犠牲者をしのぶ日だ。(ちなみに、オーストラリアでは1975年のこの日に、イギリス国王の代表が選挙で選ばれた総理大臣を突然解任した――なんて出来事もあったけど、それはまた別の話。) 今年のリメンバランス・デー、SNSのタイムラインを眺めていたら、心に残る素敵な話に出会った。 考えRooはオーストラリア人だけど、人生のほとんどを日本で過ごしてきた。だから戦争の話、特に第2次世界大戦になると、立場がちょっと難しい。正直、あまり話題にしたくないテーマでもある。 でも長く日本に住むうちに、オーストラリアと日本の戦争の歴史は、単純に「善と悪」で割り切れるものじゃないと感じるようになった。 そう話すと、どちらの国の人にも嫌な顔をされることがあるけれど、結局思うのは――ただただ、悲しいということ。 本当は、オーストラリアと日本って相性がいいんだ。 お互いの強みが見事にかみ合うのに、歴史の中には悲しみや痛みがたくさんあって、それを一番背負ったのは、普通に生きようとしていた人たちなんだと思う。 ……ちょっと語りすぎたかな。話を戻そう。 今年のリメンバランス・デーに出会った物語は、「マリオ・タカサカ」氏とという一人の男の話だった。 タカサカ氏は日系オーストラリア人で、第2次世界大戦中、オーストラリア軍の兵士として勇敢に戦った人だ。日系ディガーである。 日系の人がオーストラリアのために戦ったという話を聞いたのは、これが初めてだった。 当時のオーストラリアには、少しだけ日系の人がいたけれど、多くは戦争中に収容されてしまった。 アメリカの「第442連隊戦闘団」みたいな有名な部隊も存在しなかった。 けれどタカサカ氏は、自分が正しいと思う道をまっすぐ進んだ。 上官も仲間も、その勇気と誠実さをしっかり認めていた。 「シュライン・オブ・リメンバランス(戦没者追悼館)」の公式サイトには、タカサカ氏の物語と、モトエ・ヒガシダ氏やジョセフ・スズキ氏といった他の日系オーストラリア人のエピソードも紹介されている。 彼らもまた、日豪のあいだに架け橋を築いた人たちだ。 考えRooはオーストラリアも日本も、どちらの国も心から愛している。 いま、こうして強い同盟関係でいられることが本当にうれしい。 そして、これからその絆がもっと深まっていくことを願っている。 だって、考えRooの経験から言わせてもらえば――日本とオーストラリアほど相性のいい国は、そうそうないから。

  • Pavilion Pulled Down, Packed Up And Repurposed

    The Australia Pavilion from the recently completed Expo 2025 Osaka, Kansai, Japan is simply going to be dismantled, and its parts repurposed for other projects: a stark contrast to the fate of previous pavilions from earlier world’s fairs held in Japan. Last time Osaka held the fair in 1970, the Australia Pavilion had been one of the stars of the show, dazzling visitors with its architecture inspired by Hokusai‘s Great Wave Off Kanagawa in homage to the hosts. It made such a lasting impact that instead of ripping it down and forgetting about it, Aussie aficionados in Japan had the pavilion relocated to Yokkaichi in Mie Prefecture. Though at first…

  • |

    「やばいリンガル」Feral (野生的)

     米・英語で普通に使っている言葉がオージー英語になるといきなり意味がまったく違ってくることがたまにある。Feralという言葉がそう。どのように違うのかは続けて読めば分かる。 Meanings of words can change suddenly when moving from English spoken in other countries to Strine. Let’s see what happens with feral.

  • |

    TBSの「The世界遺産」は今週オーストラリア特集

     今週・来週日曜の夜TBSの「The世界遺産」は、オーストラリアを特集する。  詳細は以下の通り。  6月10日(日) 午後6時  グレーターブルーマウンテンズ地域  6月17日(日) 午後6時  ニンガルー・コースト 「The世界遺産」 「The世界遺産」オーストラリア特集ページ THE 世界遺産(TBSテレビ)(フェースブック)

  • |

    Why Do Aussies Ride On A “Deadly Treadly?”

    What Does “Deadly Treadly” Mean? Aussieはなぜ自転車を「Deadly Treadly」と呼ぶの? Imagine you’ve just bought a brand-new bicycle. You wheel it out of the shop, admiring the shiny frame. An Aussie mate walks over, grins and says, “Nice deadly treadly!” Nobody thinks the bike is dangerous. In fact, it’s a compliment. Deadly treadly is one of those classic Aussie rhyming expressions that simply means “bicycle.” It’s playful, memorable and unmistakably Strine. 日本で自転車といえば、「自転車」「チャリ」「ママチャリ」など、いろいろな呼び方があります。Aussieにも、ユーモアたっぷりの呼び名があります。それが、”deadly treadly”です。意味、とてもシンプル。「自転車」。それだけです。でも、語感がよく、一度聞いたら忘れられないのがAussie英語らしいところ。\友達同士で使う、親しみのある表現です。 Expression Deadly treadly Pronunciation /ˈdedli ˈtredli/ Meaning 自転車。 特に日常生活で使う普通の自転車を親しみを込めて呼ぶ表現です。「deadly(命にかかわる)」という本来の意味はほとんど意識されておらず、リズムを楽しむ言葉になっています。 Example I rode my deadly treadly to work today. 「今日は自転車で会社へ行ったよ。」 また、 My old deadly treadly finally gave up. なら、 「長年乗った愛車の自転車が、とうとう寿命を迎えた。」 という意味になります。 日本語で言うと? 日本語なら、「チャリ」「愛車」などが近いでしょう。ただし、”deadly treadly” は少しユーモラスな響きがあり、「チャリ」よりも遊び心のある言い方です。 Australia–Japan Connection オーストラリアは広い国ですが、シドニーやメルボルンなどの都市では、自転車を通勤や通学に利用する人も増えています。休日にはサイクリングロードを家族で楽しむ姿もよく見られます。日本も自転車文化が盛んな国。だから “deadly treadly” という言葉は、日本人にも親しみやすいStrineのひとつかもしれません。 Aussieは、何でも短くしたり、語呂を楽しんだりするのが大好きです。”deadly…