Why Do Aussies Say “Knockback”?

What Does “Knockback” Really Mean?

Aussieが「Knockback」と言うのはどういう意味?

Have you ever gone for a job you really wanted… and didn’t get it? Or invited someone out, only to hear “Sorry, another time.” An Aussie might shrug, smile and say, :Ah well, I got a knockback.”

It’s one of those wonderfully practical Strine expressions. Life doesn’t always go your way. Sometimes you get a knockback. Then you dust yourself off and have another go.


「第一希望の会社に落ちた。」「ローンの審査に通らなかった。」「告白したけど断られた。」

人生には、思いどおりにならないことがあります。そんなときAussieがよく使うのが、”knockback”というStrineです。

意味は、「断られること」「却下されること」「不採用」「拒否」など。決して珍しい出来事ではなく、「まあ、そんなこともあるさ」という前向きな気持ちを含んだ表現として使われることが多い言葉です。

Expression

knockback

Pronunciation

/ˈnɒkbæk/

Meaning

断られること。

拒否されること。

不採用になること。

希望がかなわないこと。

また、動詞として”knock back”なら、「断る」「拒絶する」という意味になります。

Example

“Did you get the job?”

“No, I got a knockback.”

「仕事、決まった?」

「いや、不採用だったよ。」

また、

“The bank knocked back my loan application.”

なら、「銀行にローンを断られた。」という意味になります。

日本語で言うと?

日本語なら、「断られた」「落とされた」「却下された」「ダメだった」などが近いでしょう。

でも、Aussieの knockback には、「次があるさ。」という前向きな響きがあります。

Australia–Japan Connection

日本でも就職活動や受験では、不採用や不合格を経験する人は少なくありません。Aussieでも事情は同じです。ただ、多くのAussieは、一度の knockback をあまり深刻に考えません。「今回は縁がなかっただけ。」「また挑戦すればいい。」そんな楽観的な考え方が、この言葉の背景にあります。

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