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    日本人コンビーが日豪融合ミュージックで豪を盛り上げる

     日本人男性がギターでブルーズを弾き、日本時女性が津軽三味線を弾く。合わせて、オーストラリアでストリート・パフォーマーそして大活躍するGeorge Kamikawa氏とNoriko Tadano氏が豪テレビの最も人気ある番組の一つ「Australia’s Got Talent」では、豪全国を30日で盛り上げた。  日本人コンビがそのブルーズと日本の伝統音楽の融合で同番組の準決勝まで進み、高い評価された。  Kamikawa氏は、約10年ぐらい前に活用する舞台を日本からニュージーランド経由でオーストラリアのメルボルン市に移った。そこで、Tadano氏と出会い、日本人同士で徐々に人気を集まった。  人気とともに通に評価されているという好条件を基にこれからオーストラリアで大ブレークが期待され、そこからさらにビッグなスターになればいいな。 「Australia’s Got Talent」での演奏 豪ABCテレビでの演奏

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    シドニーで旧日本海軍特殊潜航艇周辺をダイビングが可能に

     世界第二次大戦中の1942年に、大日本帝国海軍の3隻の特殊潜航艇がオーストラリア、シドニー湾を攻撃して、その後3隻雷撃で沈没した。  3隻特殊潜航艇のうち2隻がすぐに見つけられたが、3隻目はなかなか表れなかった。そして、ようやく2006年にダイバーがシドニー湾に3隻目の特殊潜航艇 豪政府は沈没した特殊潜航艇周辺が危険性あるとして接近禁止したが、この頃安全を確認し、つい今週になってからダイビングを許可することになった。 現地の報道局ニュース Sydney sub wreck opened to divers(英語)

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    日豪関係の論文で50万円懸賞

     日豪経済委員会では、設立50周年を記念して、日豪関係をテーマにした懸賞論文の募集をしている。   日豪両国関係についての意識を深める機会として、広く学生・社会人の皆様の積極的な応募を呼びかけている。  日豪経済委員会会長賞は、賞金50万円であり、副賞が日本・シドニー往復航空券+3泊宿泊代。また、審査委員長賞は、賞金20万円で副賞が日本・シドニー往復航空券+3泊宿泊代。  日本語で1万字・英語4,000ワードまでの論文を募集中。締切は5月31日。  詳細は日豪経済委員会50周年懸賞論文のお知らせまで。

  • 第33回日豪合同セミナー実行委員会が6月に開催

    第33回日豪合同セミナー実行委員会が6月16日(土)~17日(日)東京八王子市にて開催することになっている。  開催者である日豪合同セミナーによると、次の趣旨で議論等が行う。 日米豪が太平洋の防衛ラインを強化すれば、中国はロシアと青島沖で軍事演習を実施。日本がTPP(環太平洋戦略的経済連携協定)への参加を検討すれば、中国は日本、韓国とのFTA交渉を打ち出し、東アジア広域自由貿易構想にも前向きな姿勢を示す。  外交、貿易、安全保障などでどこと組むか?21世紀の枠組みを巡って微妙な交渉が繰り広げられている。今年のセミナーは日豪関係をカギにして、揺れ動く国際関係を考えたい。  第33回日豪合同セミナーについて詳しいことはウェブサイトまで。

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    The Multi-Function Polis: 日本の新型都市をオーストリアで建設計画

     それほど遠くない昔前、日本が「日本の新型都市」をオーストラリアで建設する計画があったのは知っていた?  その都市はサンフランシスコのジャパン・タウンかロサンゼレスのリットル・トーキョーのような日本人や日本が大きく影響与える町の一部なところではなく、日豪政府が合同で運営する新しい都市を一から作ろうという大きな計画だった。また、その都市は当時の最先端技術を全面的に活用しようという予定だった。これはマルチ・ファンクション・ポリス(MFP)という都市だった。   オーストラリア政府が1980年代の半ば頃日本政府にMFP計画を発案した。当時、白豪主義などでずーと避けようとしたアジアに対して近づこうと豹変したオーストラリア政府の考えだった。日本がプラザ合意直後円高が続き40年間に及ぶ経済成長が絶好調に進みさらに一層景気が発揮するところだった(その「発揮」がバブルだということは後になった分かったが当時は「ジャパニーズ・ミラクル」として見られたのは忘れちゃいけない。)  日本が半導体などの世界的なリーダーであったので最先端技術及びその都市のブレーンなどを供給し、オーストラリアが場所を提供すると両国が合同で資金を出し、合同で運営する都市という計画だった。両国が計画に関する協議などが進み、候補地になるためオーストラリア各地で激しい競争を行い、最終的に南オーストラリアの首都であるアデレード市の郊外で作ろうとした。  しかし、オーストラリア国内での反発が激しかった。当時まだ潜在する反日感情が沸き、表でも与党党首だったアンドルー・ピーコック氏や復員兵が構成するRSL会長のアルフ・ガーランド氏を先頭に「あの都市がアジア人の居留地しかならん」など、反MFP計画勢が計画の反対を示し、なかなか進めなかった。  結局、時間が経つと共にオーストラリア政府の動きが鈍くなる。1980年代後半オーストラリアが深刻な不況に落ち、バブル絶好だった日本がその半日感情を考慮し強い後押しを控えた。最後に、反対の声が強すぎ、バブルが破壊し、計画が元通りで進めなくなって今では忘れられている日豪関係のエピソードのひとつである。  ちなみに、連邦政府がMFP計画を断念したけど、1998年に南オーストラリア州政府が独自で同計画を部分的に使いMFPの候補地でMawson Lakesという新型地域を建設した。でも、もう日豪合同都市という夢が絶望となって、日本でもオーストラリアの連邦(国)政府のいずれも関係なかったけどね、、、 この話しをさらに読みたいなら考えRooが下記のサイトをお勧めします。 マルチ・ファンクション・ポリス(MFP)(English) グローバリゼーション下の国際協力政策 ――MFPの事例――(日本語)

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    Bugger me, Bob! 豪州元首相の豪俗語が外交的な事件になりかけた頃

    オーストラリア元総理大臣であったボッブ・ホーク氏は、最近日本から勲章を受けたが、1980年代初来日したオージー英語によっての時激ヤバ「事件」になりかけたこと、と豪州オンライン・ニュースサイトnews.com.auが今週報道した。 今週勲一等旭日大綬章を受章した同氏は、1983年から1991年の間豪首相であり、その間4回も日本を訪問した。  労働組合出身のホーク氏が1回目来日した時当時有名だったオーストラリアの過激的な組合活動について聞かれた。ホーク氏の返事は「騙されんぞ」だった。しかし、当然日本語ではなくオージー英語でその答えを出した。それは「They won’t play funny buggers」という表現だった。  問題はbuggersという言葉だ。オージー英語及びイギリス英語ではbuggerが「やつ」とか「野郎」などの意味がある。しかし、もう一つの意味は英語圏諸国が中心となるコモンロー下の犯罪buggeryを起こす者の意味もある。Buggery罪は、「肛門性交行為」のことだ。  news.com.auによると、ホーク氏の「They won’t play funny buggers」が日本語に通訳された時にオージー英語訳の「騙されんぞ」や「変な振る舞いをする」ではなく本来米語の意味で「面白い男性同性愛者」と訳されたといい、在日オーストラリア大使館がまいていたという。  この話は本当かどうか分からないが考えRoo.comのようなサイトを見ればこのようなオージー英語かストラインのミスがないだろう。

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    Aussies Exposed to Radiation in Japan – 65 Years Ago

    Not long after the end of World War II, John Collins would sit and eat sandwiches at Ground Zero in Hiroshima, then sift through the rubble left from the city subjected to the world’s first nuclear attack for items he thought could become historically valuable. 戦後間もなく、ジョン・コリンズ氏は、広島市の原爆中心地に座ってサンドウィッチを食べてがれきの中に歴史的に価値のあるものを探し回ったことがあった。 Collins was then a 19-year-old sapper with the Australian…

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    日本語が大きく影響を与えた豪州言語

    オーストラリアでは、数少ないながら日本人・日系人の影響が昔からあった。19世紀からでも、日本人を中心に西オーストラリア州のブルーム市では、多くの日本人が真珠取りに活躍したのがある程度知られているが、そこで生まれた言語の貢献についてはそれほど知られていないかもしれない。