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  • Fleeing Kangas Give Japanese Drivers a Roo-ed Shock

    Four kangaroos escaped from a farm in the Chiba Prefecture town of Tomisato, east of Tokyo, on Friday, hopping wild on the roads for a few hours before being captured unharmed, police said. The kangaroos were being bred by a Tomisato-based trading company. A keeper apparently forgot to lock the roos’ cage on Thursday night and the marsupial marvels decided to take a look around the local surroundings. None of the kangaroos were injured during their brief foray into freedom. The owner of the farm where the kangaroos were being kept apologized. カンガルー4匹逃亡 投稿者 samthavasa

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    The Multi-Function Polis: 日本の新型都市をオーストリアで建設計画

     それほど遠くない昔前、日本が「日本の新型都市」をオーストラリアで建設する計画があったのは知っていた?  その都市はサンフランシスコのジャパン・タウンかロサンゼレスのリットル・トーキョーのような日本人や日本が大きく影響与える町の一部なところではなく、日豪政府が合同で運営する新しい都市を一から作ろうという大きな計画だった。また、その都市は当時の最先端技術を全面的に活用しようという予定だった。これはマルチ・ファンクション・ポリス(MFP)という都市だった。   オーストラリア政府が1980年代の半ば頃日本政府にMFP計画を発案した。当時、白豪主義などでずーと避けようとしたアジアに対して近づこうと豹変したオーストラリア政府の考えだった。日本がプラザ合意直後円高が続き40年間に及ぶ経済成長が絶好調に進みさらに一層景気が発揮するところだった(その「発揮」がバブルだということは後になった分かったが当時は「ジャパニーズ・ミラクル」として見られたのは忘れちゃいけない。)  日本が半導体などの世界的なリーダーであったので最先端技術及びその都市のブレーンなどを供給し、オーストラリアが場所を提供すると両国が合同で資金を出し、合同で運営する都市という計画だった。両国が計画に関する協議などが進み、候補地になるためオーストラリア各地で激しい競争を行い、最終的に南オーストラリアの首都であるアデレード市の郊外で作ろうとした。  しかし、オーストラリア国内での反発が激しかった。当時まだ潜在する反日感情が沸き、表でも与党党首だったアンドルー・ピーコック氏や復員兵が構成するRSL会長のアルフ・ガーランド氏を先頭に「あの都市がアジア人の居留地しかならん」など、反MFP計画勢が計画の反対を示し、なかなか進めなかった。  結局、時間が経つと共にオーストラリア政府の動きが鈍くなる。1980年代後半オーストラリアが深刻な不況に落ち、バブル絶好だった日本がその半日感情を考慮し強い後押しを控えた。最後に、反対の声が強すぎ、バブルが破壊し、計画が元通りで進めなくなって今では忘れられている日豪関係のエピソードのひとつである。  ちなみに、連邦政府がMFP計画を断念したけど、1998年に南オーストラリア州政府が独自で同計画を部分的に使いMFPの候補地でMawson Lakesという新型地域を建設した。でも、もう日豪合同都市という夢が絶望となって、日本でもオーストラリアの連邦(国)政府のいずれも関係なかったけどね、、、 この話しをさらに読みたいなら考えRooが下記のサイトをお勧めします。 マルチ・ファンクション・ポリス(MFP)(English) グローバリゼーション下の国際協力政策 ――MFPの事例――(日本語)

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    Bugger me, Bob! 豪州元首相の豪俗語が外交的な事件になりかけた頃

    オーストラリア元総理大臣であったボッブ・ホーク氏は、最近日本から勲章を受けたが、1980年代初来日したオージー英語によっての時激ヤバ「事件」になりかけたこと、と豪州オンライン・ニュースサイトnews.com.auが今週報道した。 今週勲一等旭日大綬章を受章した同氏は、1983年から1991年の間豪首相であり、その間4回も日本を訪問した。  労働組合出身のホーク氏が1回目来日した時当時有名だったオーストラリアの過激的な組合活動について聞かれた。ホーク氏の返事は「騙されんぞ」だった。しかし、当然日本語ではなくオージー英語でその答えを出した。それは「They won’t play funny buggers」という表現だった。  問題はbuggersという言葉だ。オージー英語及びイギリス英語ではbuggerが「やつ」とか「野郎」などの意味がある。しかし、もう一つの意味は英語圏諸国が中心となるコモンロー下の犯罪buggeryを起こす者の意味もある。Buggery罪は、「肛門性交行為」のことだ。  news.com.auによると、ホーク氏の「They won’t play funny buggers」が日本語に通訳された時にオージー英語訳の「騙されんぞ」や「変な振る舞いをする」ではなく本来米語の意味で「面白い男性同性愛者」と訳されたといい、在日オーストラリア大使館がまいていたという。  この話は本当かどうか分からないが考えRoo.comのようなサイトを見ればこのようなオージー英語かストラインのミスがないだろう。

  • Aussies Exposed to Radiation in Japan After Hiroshima

    Not long after the end of World War II, John Collins would sit and eat sandwiches at Ground Zero in Hiroshima, then sift through the rubble left from the city subjected to the world’s first nuclear attack for items he thought could become historically valuable. 戦後間もなく、ジョン・コリンズ氏は、広島市の原爆中心地に座ってサンドウィッチを食べてがれきの中に歴史的に価値のあるものを探し回ったことがあった。 Collins was then a 19-year-old sapper with the Australian troops making up the bulk of the British Commonwealth Occupation Forces (BCOF) stationed in Japan from February 1946 to April 1952. 当時、コリンズ氏は、1946年2月から1952年4月の間で英国連邦進駐軍(BCOF)の約9割で構成したオーストラリア軍の一人だった。19歳だった。

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    日本語が大きく影響を与えた豪州言語

    オーストラリアでは、数少ないながら日本人・日系人の影響が昔からあった。19世紀からでも、日本人を中心に西オーストラリア州のブルーム市では、多くの日本人が真珠取りに活躍したのがある程度知られているが、そこで生まれた言語の貢献についてはそれほど知られていないかもしれない。

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    Lest We Forget Japan’s Role in Creating the ANZAC legend

    ANZAC Day, April 25, has become an almost holy day on the Australian calendar in the early 21st century as the country celebrates the efforts and sacrifices of its military personnel since it first went to war as a nation at Gallipoli in 1915, but few remember Japan was an ally that played a vital role in creating the ANZAC legend.  21世紀初期現在、ANZAC Day(4月25日)がオーストラリアでは、1915年に国として初めて戦争を体験したガリポリをはじめ復員兵などの努力や犠牲を称える聖なる日のような存在となっているが、そのANZAC伝説づくりに味方としての日本の大きな貢献がほとんど知られていないのだ。

  • 豪少年が被災幼児に「僕の家族になって」

     オーストラリア、パース市の8歳少年が東日本大震災で被災幼児となった男の子に「家族がなくなったと聞いたので、良かったら私の家族の一員となったらどう」という手紙を書き、来日訪問中の豪首相ジューリア・ギラード氏が菅直人首相に手渡した、と豪日刊紙The Australianが報道した。  詳しくはこちら(英語)へ。

  • Zed/Z

    Zed Australian English Z, the final letter of the alphabet. In Australian English (like the English used in every other Commonwealth country except Canada and as the language is taught in Japan), the final letter of the alphabet is pronounced “zed.” In North American English, the final letter is pronounced “zee.”