ファイティング原田の豪関係はローズで終わらなかった、、、

Famechon Harada Program 日本ボクシング界レジェンドであるファイティング原田こと原田政彦がオーストラリアとのつながりが世界初豪先住民世界チャンピオンとなったリオネル・ロースとのバンタム級タイトル戦で終わらなかった。
Masahiko “Fighting” Harada‘s connection to Australia did not end with his defeat to Lionel Rose, the first ever indigenous Australian to claim a world title.
 1968年ローズと負けた後にファイティング原田が世界チャンピオンに追う時にまたオーストラリア人と直面した。
Harada would again come up against an Aussie during his pursuit to regain a world title.
 翌年、オーストラリアのジョニー・ファメションを相手にフェザー級タイトル戦が東京で行った、、
That was Johnny Famechon, who he fought in Tokyo in 1969.
 

Cop A Gander At These Rippers Too...

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    (Aussie) Black Swans Give (Japanese) Koi Fish a Decent Feed

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    (Costumed) Kangaroo Stars In The “Worst Sports Movie Ever Made”

    the worst sports movie ever made.” Kindly, as it turns out. Matilda was a dreadful, alleged comedy about a boxing kangaroo that challenges for the world heavyweight champion title. The movie was made in 1978, when Elliot Gould, who was then still not too far off the peak of a career that continues going strong…

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    The Multi-Function Polis: 日本の新型都市をオーストリアで建設計画

     それほど遠くない昔前、日本が「日本の新型都市」をオーストラリアで建設する計画があったのは知っていた?  その都市はサンフランシスコのジャパン・タウンかロサンゼレスのリットル・トーキョーのような日本人や日本が大きく影響与える町の一部なところではなく、日豪政府が合同で運営する新しい都市を一から作ろうという大きな計画だった。また、その都市は当時の最先端技術を全面的に活用しようという予定だった。これはマルチ・ファンクション・ポリス(MFP)という都市だった。   オーストラリア政府が1980年代の半ば頃日本政府にMFP計画を発案した。当時、白豪主義などでずーと避けようとしたアジアに対して近づこうと豹変したオーストラリア政府の考えだった。日本がプラザ合意直後円高が続き40年間に及ぶ経済成長が絶好調に進みさらに一層景気が発揮するところだった(その「発揮」がバブルだということは後になった分かったが当時は「ジャパニーズ・ミラクル」として見られたのは忘れちゃいけない。)  日本が半導体などの世界的なリーダーであったので最先端技術及びその都市のブレーンなどを供給し、オーストラリアが場所を提供すると両国が合同で資金を出し、合同で運営する都市という計画だった。両国が計画に関する協議などが進み、候補地になるためオーストラリア各地で激しい競争を行い、最終的に南オーストラリアの首都であるアデレード市の郊外で作ろうとした。  しかし、オーストラリア国内での反発が激しかった。当時まだ潜在する反日感情が沸き、表でも与党党首だったアンドルー・ピーコック氏や復員兵が構成するRSL会長のアルフ・ガーランド氏を先頭に「あの都市がアジア人の居留地しかならん」など、反MFP計画勢が計画の反対を示し、なかなか進めなかった。  結局、時間が経つと共にオーストラリア政府の動きが鈍くなる。1980年代後半オーストラリアが深刻な不況に落ち、バブル絶好だった日本がその半日感情を考慮し強い後押しを控えた。最後に、反対の声が強すぎ、バブルが破壊し、計画が元通りで進めなくなって今では忘れられている日豪関係のエピソードのひとつである。  ちなみに、連邦政府がMFP計画を断念したけど、1998年に南オーストラリア州政府が独自で同計画を部分的に使いMFPの候補地でMawson Lakesという新型地域を建設した。でも、もう日豪合同都市という夢が絶望となって、日本でもオーストラリアの連邦(国)政府のいずれも関係なかったけどね、、、 この話しをさらに読みたいなら考えRooが下記のサイトをお勧めします。 マルチ・ファンクション・ポリス(MFP)(English) グローバリゼーション下の国際協力政策 ――MFPの事例――(日本語)

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    オーストラリアでは、数少ないながら日本人・日系人の影響が昔からあった。19世紀からでも、日本人を中心に西オーストラリア州のブルーム市では、多くの日本人が真珠取りに活躍したのがある程度知られているが、そこで生まれた言語の貢献についてはそれほど知られていないかもしれない。

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    Japan’s Crucial Role in Turning “Mad Max” into a Global Aussie Icon

    Turning the clock back 40 years, Japan played a crucial role in giving Australia a leg-up toward becoming a player in the global movie industry. In late 1977, a couple of fledgling Australian filmmakers pooled their meager funds and shot a movie starring mostly unknown young actors and actual motorcycle gang members serving as extras….