Strine Gives Two Chances: Buckley’s And None

Buckley’s chance (or hope) is Strine for almost no chance. It means very unlikely or hopeless. Usually, Buckley’s alone is enough to convey the message.

日本語の意味

Buckley’s chance は「ほぼ可能性ゼロ」という意味です。

Explanation

It comes from Australian history and folklore. It emphasizes extreme improbability.

日本語での解説

非常に低い確率を表す表現です。歴史由来の言い回しです。

Example

“You’ve got Buckley’s chance of winning.”
「勝てる可能性はほぼないよ。」

Strine Culcha

Strine uses historical names for expressive exaggeration. The origin of Buckley’s as a saying is obscure. Some say it derived from the amazing story of William Buckley, a convict who went missing and was declared dead in the early 18th century only to emerge decades later having lived with indigenous peoples. Or it could have been Buckley & Nunn, a department store in Melbourne, which gains credence for supplying the “none” part of the two chances version of the phrase. Whatever way, we’ve got buckley’s hope of knowing for sure.

オージー文化メモ

 ストライン(オージー英語)では、誇張表現に歴史上の人物名を使うことがよくあります。「Buckley’s(バックリーズ)」という言い回しの語源ははっきりしていません。18世紀初頭に行方不明になり死亡したとみなされたものの、数十年後に先住民と暮らしていた姿で突然現れた流刑囚ウィリアム・バックリーの驚くべき物語に由来するという説があります。

 あるいは、メルボルンのデパート「Buckley & Nunn(バックリー&ナン)」が語源だという説もあり、こちらは「チャンスが二つあっても“none(ゼロ)”」という言い回しにぴったり当てはまることから、もっともらしく聞こえます。

 どちらにせよ、真相を知る望みは“buckley’s hope(ほぼゼロ)”と言っていいでしょう。

Related Terms

  • (Two chances) Buckley’s and None
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