Sheer Nonsense? No, Shear Delight!

Australia hasn’t really had much of an impact on Japanese culture over the years, but there is one case that inspires sheer delight….or perhaps that should be “shear?”

For Japanese of a certain age, 調子をそろえて、クリック、クリック、クリック (Choshi wo soroete kurikku, kurikku, kurikku, is a highly familiar song picked up in an early season of Minna no Uta, a radio and TV program broadcast by NHK since 1961 to introduce new tunes to the Japanese public.

The song is known in English as Click Go the Shears and Peggy Hayama, who sang the Japanese version of the song with lyrics written by Takashi Otowa, would retain a lifelong connection with Australia because of it.

Ironically, her version of the song was originally a B-side to a 1962 release, but became a hit after NHK picked it up for Minna no Uta. It became a roaring success after being re-released as an A-side in 1963, and resurfaced in 2022 when broadcast to celebrate the 60th anniversary of the program being on air.

Hayama had a series of hits in the 1950s and 1960s, many being Japanese language covers of English songs, perhaps most notably being the Japanese version of Do-Re-Mi from The Sound of Music and Que, Sera, Sera, the lyrics in the latter also penned by Otowa.

Hayama made considerable contributions to the fine arts, receiving honors from the Ministry of Education and an Order of the Rising Sun medal. She died aged 83 in Tokyo in 2017. Her legacy lives on with a touch of Australia.

Cop A Gander At These Rippers Too...

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    The Multi-Function Polis: 日本の新型都市をオーストリアで建設計画

     それほど遠くない昔前、日本が「日本の新型都市」をオーストラリアで建設する計画があったのは知っていた?  その都市はサンフランシスコのジャパン・タウンかロサンゼレスのリットル・トーキョーのような日本人や日本が大きく影響与える町の一部なところではなく、日豪政府が合同で運営する新しい都市を一から作ろうという大きな計画だった。また、その都市は当時の最先端技術を全面的に活用しようという予定だった。これはマルチ・ファンクション・ポリス(MFP)という都市だった。   オーストラリア政府が1980年代の半ば頃日本政府にMFP計画を発案した。当時、白豪主義などでずーと避けようとしたアジアに対して近づこうと豹変したオーストラリア政府の考えだった。日本がプラザ合意直後円高が続き40年間に及ぶ経済成長が絶好調に進みさらに一層景気が発揮するところだった(その「発揮」がバブルだということは後になった分かったが当時は「ジャパニーズ・ミラクル」として見られたのは忘れちゃいけない。)  日本が半導体などの世界的なリーダーであったので最先端技術及びその都市のブレーンなどを供給し、オーストラリアが場所を提供すると両国が合同で資金を出し、合同で運営する都市という計画だった。両国が計画に関する協議などが進み、候補地になるためオーストラリア各地で激しい競争を行い、最終的に南オーストラリアの首都であるアデレード市の郊外で作ろうとした。  しかし、オーストラリア国内での反発が激しかった。当時まだ潜在する反日感情が沸き、表でも与党党首だったアンドルー・ピーコック氏や復員兵が構成するRSL会長のアルフ・ガーランド氏を先頭に「あの都市がアジア人の居留地しかならん」など、反MFP計画勢が計画の反対を示し、なかなか進めなかった。  結局、時間が経つと共にオーストラリア政府の動きが鈍くなる。1980年代後半オーストラリアが深刻な不況に落ち、バブル絶好だった日本がその半日感情を考慮し強い後押しを控えた。最後に、反対の声が強すぎ、バブルが破壊し、計画が元通りで進めなくなって今では忘れられている日豪関係のエピソードのひとつである。  ちなみに、連邦政府がMFP計画を断念したけど、1998年に南オーストラリア州政府が独自で同計画を部分的に使いMFPの候補地でMawson Lakesという新型地域を建設した。でも、もう日豪合同都市という夢が絶望となって、日本でもオーストラリアの連邦(国)政府のいずれも関係なかったけどね、、、 この話しをさらに読みたいなら考えRooが下記のサイトをお勧めします。 マルチ・ファンクション・ポリス(MFP)(English) グローバリゼーション下の国際協力政策 ――MFPの事例――(日本語)

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    日系ディガー:知られざる日豪戦友

    11月11日。オーストラリアを含めて英国連邦各国では「リメンバランス・デー」として、第1次世界大戦の犠牲者をしのぶ日だ。(ちなみに、オーストラリアでは1975年のこの日に、イギリス国王の代表が選挙で選ばれた総理大臣を突然解任した――なんて出来事もあったけど、それはまた別の話。) 今年のリメンバランス・デー、SNSのタイムラインを眺めていたら、心に残る素敵な話に出会った。 考えRooはオーストラリア人だけど、人生のほとんどを日本で過ごしてきた。だから戦争の話、特に第2次世界大戦になると、立場がちょっと難しい。正直、あまり話題にしたくないテーマでもある。 でも長く日本に住むうちに、オーストラリアと日本の戦争の歴史は、単純に「善と悪」で割り切れるものじゃないと感じるようになった。 そう話すと、どちらの国の人にも嫌な顔をされることがあるけれど、結局思うのは――ただただ、悲しいということ。 本当は、オーストラリアと日本って相性がいいんだ。 お互いの強みが見事にかみ合うのに、歴史の中には悲しみや痛みがたくさんあって、それを一番背負ったのは、普通に生きようとしていた人たちなんだと思う。 ……ちょっと語りすぎたかな。話を戻そう。 今年のリメンバランス・デーに出会った物語は、「マリオ・タカサカ」氏とという一人の男の話だった。 タカサカ氏は日系オーストラリア人で、第2次世界大戦中、オーストラリア軍の兵士として勇敢に戦った人だ。日系ディガーである。 日系の人がオーストラリアのために戦ったという話を聞いたのは、これが初めてだった。 当時のオーストラリアには、少しだけ日系の人がいたけれど、多くは戦争中に収容されてしまった。 アメリカの「第442連隊戦闘団」みたいな有名な部隊も存在しなかった。 けれどタカサカ氏は、自分が正しいと思う道をまっすぐ進んだ。 上官も仲間も、その勇気と誠実さをしっかり認めていた。 「シュライン・オブ・リメンバランス(戦没者追悼館)」の公式サイトには、タカサカ氏の物語と、モトエ・ヒガシダ氏やジョセフ・スズキ氏といった他の日系オーストラリア人のエピソードも紹介されている。 彼らもまた、日豪のあいだに架け橋を築いた人たちだ。 考えRooはオーストラリアも日本も、どちらの国も心から愛している。 いま、こうして強い同盟関係でいられることが本当にうれしい。 そして、これからその絆がもっと深まっていくことを願っている。 だって、考えRooの経験から言わせてもらえば――日本とオーストラリアほど相性のいい国は、そうそうないから。

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    Shear Fluke! A Rare Aussie Cultural Hit in Japan

    Australia’s impact on Japanese society is visible in numerous areas, but in the cultural sphere, Australian influence has been negligible at best. オーストラリアは日本社会に対してあらゆる分野で与えた影響が見えるが、文化の面ではオーストラリアのインパクトがほぼないといって良いところだ。 Apart from a literal honeymoon period in the early 1990s when cashed-up newlyweds made Down Under their favored destination, the odd hit movie during the Australian New Wave cinema of the 1970s and 1980s, notably the Mad Max and Crocodile Dundee series, and the even rarer hit song — by artists most Japanese normally regarded as coming from the United States, anyway — Aussie cultural influence has largely been limited to sporadic moments of faddishness. バブル経済効果がまだ残っていた1990年代前半で「ハネームーン・ブーム」によってオーストラリアがハワイを抜いて新婚旅行地1位となり、マッド・マックスやクロコダイル・ダンディなどのオーストラリア・ニュー・ウェーヴ映画やためにアメリカ人と見なされた歌手がヒット曲を出した時に除けば、オーストラリアが日本に対して文化的な影響が一時的な流行以外はない。 It’s fair to say that Australia has hardly been, well, Big…

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    Aussie Anime hits Tokyo with a Blast….of Flatulence!

    Gus, the animated tale of a Neanderthal child with uncontrollable flatulence, is one of two Australian films selected to take part in the Japan Kinder Film Festival drawing to a close in suburban Tokyo this weekend. 豪作品ガスのコントロール出来ないネアンデルタール人子供の話アニメ『GUS おならで大発見!』と短編映画『ジュリアン』という2作品が19日調布市グリーンホールにて20th Anniversary キンダー・フィルム・フェスティバルに上映される。 Accompanying Gus will be Julian, a short film that will feature Japanese voice actors performing live translations of non-Japanese films as they show. 『ジュリアン』の上映は、声優さんがその場でライブで日本語に吹き替える。 Japan Kinder Film Festival, the only international film festival for children in Japan, has one final session to run on Sunday, Aug. 19, from 1:30 p.m. at Green Hall, Chofu. Ticket prices range from 150 yen for children, pensioners and the disabled to 500 yen for…

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    Why Did Suntory Choose Jacko For Its Ads?

    なぜサントリーはマーク・“ジャコ”・ジャクソンを起用したのか? In the 1980s, one of Australia’s most colourful sporting personalities unexpectedly found himself on Japanese television. AFL star Mark “Jacko” Jackson wasn’t a movie actor or musician, yet Suntory believed he had something special to offer Japanese audiences. Why? 1980年代、オーストラリアを代表する個性派スポーツ選手の一人、マーク・“ジャコ”・ジャクソンが日本のテレビCMに登場しました。俳優でも歌手でもない彼を、なぜサントリーは起用したのでしょうか。 Bigger Than Footy フットボールを超えた存在 In Australia, Mark “Jacko” Jackson was already famous. A talented Australian Rules footballer, he became equally well known for his humour, confidence and unmistakable personality. His catchphrase, “I’m an Individual”, made him one of Australia’s most recognisable media personalities. フットボールを超えた存在 オーストラリアでは、マーク・“ジャコ”・ジャクソンは人気の高い人物でした。 優れたオーストラリアン・フットボール選手であると同時に、ユーモアあふれる個性的なキャラクターでも知られていました。 「I’m an Individual(俺は俺だ)」という決めぜりふは、多くのオージーに親しまれました。 Japan Was Discovering Australia 日本がオーストラリアに注目していた時代 During the 1980s, Japan’s interest in Australia was growing rapidly. More Japanese families were travelling…

  • JP/DC: Wrong Way To The Top If Ya Wanna Lock And LOL!

    THIS WEEKEND! JP/DC, Japan’s Top Acca Dacca Tribute Band Japan’s top AC-DC tribute band will play in Atsugi on July 19. 日本最高のAC-DCトリビュートバンドのJP-DCが7月19日に厚木でライブ。 The Lost Thing – Screening & Talk | 『ロスト・シング』上映会&トーク Celebrate the work of Australian Academy Award-winning illustrator and filmmaker Shaun Tan with a special screening of The Lost Thing, followed by a talk session. アカデミー賞受賞作家ショーン・タンによる『ロスト・シング』上映会とトークイベントです。 📍 VenueSakura Hall, Shibuya Cultural Centre Owada 渋谷区文化総合センター大和田 さくらホール 📅 Date17 July 2026 🚉 Access10-minute walk from Shibuya Station. Tickets and further information (Japanese)ショーン・タン 「ロスト・シング」上映会渋谷チケット | 求龍堂 Colours and Forms of Australia /オーストラリアの色と形 期間:2026年7月9日〜21日 開錠:THINK OF THINGS(東京・千駄ヶ谷) 概要: オーストラリアの現代デザインを紹介するポップアップ展示。日本ではまだ紹介例の少ないデザイン文化を体験できる。 A pop-up exhibition showcasing contemporary Australian design, highlighting creative culture rarely seen in Japan. 詳細・チケット:…