‘You’re Not Taking the Kingswood’…But Japan Did for a Little While

On this day 70 years ago, Australia launched a domestic automaking industry at Fishermen’s Bend in Melbourne to produce Holden cars.

Not many outside Australia that the Great Southern Land once produced cars, and perhaps even fewer still are aware that Oz exported some models to Japan.

These weren’t cars assembled in Australia and shipped to the world’s then second-largest car market (as would happen in the late 1980s and 1990s, notably with the Subaru Outback).

They were cars made with the intent of attracting Japanese consumers.

Ironically, one of the cars marketed was the Mazda Roadpacer, a car slightly adapted from an iconic Australian car, the Holden Kingswood.

Holden would make the cars in Australia and export them as Holden Premiers, the luxury version of the Kingswood, to Japan, where they would be given even further added attractions.

The car was supposed to be used by high-ranking government officials, but the timing of the enterprise could hardly have been worse.

The gas-guzzling Kingswood-derivative was first sent to Japan in 1975.

Sales weren’t ever as good as hoped for, however, and were not aided by the oil shock, which sent petrol prices skyrocketing throughout the 1970s.

After selling only 800 units in two years, Mazda withdrew the Kingswood from the Japanese market.

The main character of the show, Ted Bullpitt, routinely derided Japanese cars during the program’s run from 1980 to 1984, using such terms as “Datsun deviant” for drivers of Nissan vehicles.

Ironically, the Kingswood would soon become an even bigger icon in its home country with the debut of Kingswood Country, a TV comedy about a bigoted suburban Australian man and his family whose great pride and joy was owning a Kingswood.

But it wasn’t just Kingswoods, either, that Australian automakers (well, Holden) were sending to Japan.

Arguably the premiere Australian vehicle, the Statesman de Ville, had also gotten a run in the Land of the Rising Sun a couple of years earlier and uncannily left an almost identical record.

The de Ville, also made by Holden, had been added to the Isuzu lineup of passenger vehicles for 1973-4.

It retailed at a then hefty 3.48 million yen (when starting wages were just over 60,000 yen per month).

Though car enthusiasts and critics were generally upbeat about the de Ville, it failed to touch a nerve with consumers despite golf superstar Jack Nicklaus being used to plug the car in Japan.

The de Ville was removed from the Isuzu range in 1975 after having sold fewer than 250 cars in the then still booming Japanese auto market.

Alas, despite the best efforts of Australian workers, the Oz automaking industry would ultimately suffer the same ignominious fate as its luxury car exports to Japan had seen: humiliating ends.

Buffered by considerable protection into the 1980s, the Australian car manufacturing industry coughed and spluttered its way through the final decade of the 20th century and into the first years of the new millennium.

But by the second decade of the 21st century it was clear that Australian automakers had priced themselves out of the market, mostly by overpaying C Suite types, but also by being unable to compete with countries that did not pay workers a fair wage.

Holden and Toyota Australia were the last automakers to maintain manufacturing plants in Australia, but both closed in 2017.

Holden and Ford Australia still have design and development facilities operating in Australia, so the country is still theoretically capable of producing cars.

Jack Nickalus advertising the Holden Statesman de Ville in Japan

An Australian-made Statesman de Ville featuring in a 1979 Japanese TV cop drama.

Japanese report on the Roadpacer (Kingswood)

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    どんな蚊取り線香でも効かないBig Mosquito

     ちょうど梅雨の最中にある今でも「蚊」のシーズンでもあり嫌になっちゃうが、ニューサウスウェールズ州のヘックサムでは年中「蚊のシーズン」でありながらそのことを喜ぶんだ。  ヘックサムは、Ozzie the Mozzieと呼ばれているデカイ蚊の像があり、オーストラリアの「Big Things」の一つだ。  いったいどういうところが蚊を称えるだろう?  実は、ヘックサムは「ヘックサム・グレー」という大きくてよく刺さる蚊の一種が多いところだ。  ちなみに、mozzieはオージー英語らしくmosquito(蚊)の省略だ。  The Big Mosquitoは元々1993年に作られたが2005年に改造版が新たに設置された。これが2010年3月に盗まれて、翌月再び新しい蚊のオブジェが作られた。この蚊にどんなに強力な香取線香でも虫除けでも効き目がないだろう、、、どうせ、コンクリートで作られているし、、、 大きな地図で見る  

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    日本が世界ヒットの引き金となった「Mad Max」のゲームが豪訛りを拒否し、オージーゲーマーが噴火

     日本と深い関わり合いがあるオーストラリア現代文化に根強く愛されている「マッド・マックス」映画シリーズのゲーム版最新商品が豪訛りのマックスが登場しないことによって多くのオーストラリア人の間で怒りを感じさせている、とNews.com.auが報道している。  「マッド・マックス」が1979年公開映画であり、オーストラリア国内でヒットした後、日本で公開し、大ヒットとなった。そこからヨーロッパ諸国へ同じような成功をおさめ、最後にアメリカにも人気を呼んだ。1970年代「オーストラリア・ニューウェーブ」映画ブームの一作であり、1985年までメル・ギブソン氏を主役として続編2作も世界中に大ヒットした。今年、トム・ハーディを主人公マックス役で27年ぶり四作目「マッド・マックス・フューリー・ロード」を公開する予定だ。  「マッド・マックス」の影響は、オーストラリアにとって偉大なものだ。  一般映画ファンにとって人気なので興行収入が三作合わせて数億ドル及んで、ギブソン氏自身が1980・1990年代ハリウッド有数な俳優兼監督となった。「オーストラリア・ニューウェーブ」の成功例として見られるようになって、多くなオージーが誇りに思ったオーストラリア映画の一作でもあった。1980年代アメリカでの「オーストラリア人気」にも大きく貢献しただろう。典型的なオーストラリア映画と言っても過言ではない。  しかし、その高い誇りに逆撫でする面もあった。もっともっとオーストラリア映画なのでオーストラリア訛りが特徴の一つだった。1作目がアメリカに公開した1981年にはアメリカ人がオーストラリア訛りが分からないだろうとされて同じ英語でもアメリカ訛り吹き替え版で公開された。当時、オーストラリア英語があまり国外で披露されることがなくて「視野が狭いアメリカ人がそのもんだ」と思われ笑い飛ばされた。  だが、今も同様な状況となっている。  4作目の公開に伴って新しいビデオ・ゲームが公開することになっている。  6月13日、本社がスウェーデンにあるアバランチ・スタジオ社が「マッド・マックス」ビデオ・ゲームを公開すると発表し、予告編の動画を披露した。  だが、ゲームに登場するマックスは、アメリカ訛り英語で話している。  元の映画の吹き替え版の例があってにもかかわらず、今回のゲームでアメリカ訛り使用によってオーストラリアで反発を呼んでいる。  「キャラがオージー・ゲーマーに深く愛されているのでこのように勝手に帰られてオーストラリア人じゃなくしたのはオージー・ゲーマーにとって侮辱的だ」とAusgamers.com編集長スティーブン・ファレリー氏がいう。 Mad Max video game ditches Australian accent in ‘affront’ to the country Mad Max I Trailer Mad Max II Trailer Mad Max III Trailer Mad Max Video Game Trailer

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    宝を含める豪のBig Thingsの宝箱地域

     クィーンズランド州がもともと「Big Things」が最も多い州であるが、その中では同州北部にあるジェムフィールズ地域ほど集中的なキッチュがなかなか見えない。  ザ・ジェムフィールズ地域は実際に4つの小さな町で構成され、うち三つに「Big Things」が少なくとも一つがある。  また、同地域は「宝石」地である(ザ・ジェムフィールズの「ジェム」はgemのことで、「宝石」と訳出)。なので、地域のいずれもの「Big Things」が宝石や鉱業に関するものだ。  また、ちょうど先週末(12・13日)には25回目のジェムフェストが同地域で行ない、毎年の祭りでは「宝石」の展示や販売があり、ライブなど様々なイベントがあって人口少ない同地域の人々にとって1年の大きなハイライトのひとつのだ。  ザ・ジェムフィールズの四つの町の一つ目はアナキーといい、そこで巨大なサファイアでありBig Sapphireがある。同地域ではサファイアがよく見つけられ、地域に大きく影響を与えている。同町はジェムフェストの開催地である。  そこで、2つ目の町を紹介しよう。これもサファイアだ。宝石じゃなくて、町名だ。「サファイア」という町だ。素敵な名前で恵まれているだけでなく珍しく「Big Things」がなんと二つもある!一つ目は豪華(?)なサファイアがついている指輪であり、Big Sapphire Ringだ。  そして、町のもう一つの「Big Things」がBig Mining Toolsである。個人鉱業で欠かせないつるはし、ふるいとシャベル。(同地域観光者のほとんどの第一目的が個人鉱業だ)。  最後の、同地域の最も大きな町(それでも人口が約500人しかいない、、、)のはルビーヴェールだ。ルビーヴェールのルビーもやっぱり、宝石のルビーだよね。ここには偉大な採金者であるBig Miner像がある。でも、「像」といは言え、彫刻ではなくオブジェに近いアマっぽいづくり、おまけ左手が数年前に盗まれたようで、創りかえってないため採金者と言っても実際にやろうと思えば(できれば)採金作業がなかなか難しいのが現実だ。  ジェムフィールズの最後の町ザ・ウィローズは同地域唯一「Big Things」がない町だ。 Gemfest 大きな地図で見る

  • 32年間豪全体の注目を浴びた事件でディンゴが犯人と確定した

     過剰報道によってオーストラリア全体が32年間著しく注目を浴びたアザリア・チェンバレン失踪事件がようやく12日ダーウィンの検視法廷で9週間の赤ちゃんだったアザリアちゃんが1980年で野犬の一種であるディンゴにウルル周辺で連れ去られ、死亡したと結論付けた。  1980年当時、アザリア・チェンバレンの母であるリンディ・チェンバレン・クレートン氏は、「娘がディンゴに取られて」といい、赤ちゃんが失踪し以降死体も見つからなかった。当時、ディンゴが人間の赤ちゃんを食べることが信じられかったからチェンバレン・クレートン氏が殺したじゃないかとうわさされた。マスコミによりそのうわさが広がり、全国的の話題となった。ジョークなり、過剰報道となり、結局チェンバレン・クレートン氏が殺人罪に有罪判決となったが1987年に新しい証拠を見つかり釈放され、結局無罪となった。が、娘の死亡原因が「不明」であったため、長年ディンゴに取られたことの検証として死亡証明証の内容にそのことを示すように今回の裁判に乗り出した。  この事件の元にジョークや話題の種だけでなく、本・舞台・オペラ・レコードそしてメリル・ストリープがチェンバレン・クレートン氏役でハリウッド映画の題材まで課題となった。  オーストラリア文化を分かるためにこの事件のことを知ることが絶対必要なのだ! 「ディンゴがアザリアちゃんを連れ去り、殺害」 32年前の豪乳児失踪事件、「野犬が連れ去った」と結論 リンディ・チェンバレン Azaria Chamberlain Disappearance (English) 火曜日の判決報道 メリル・ストリープがリンディ・チェンバレン・クレートン氏役を演じた「Evil Angels」(1988年作)の予告編

  • Aussies, Look And Learn! Japanese Cleanup Of Melbourne Was By Residents, Not Tourists

    オージー、見習いなさいよ!街のごみ拾い日本人が観光客じゃなく、一緒に住んでいる住民だよ The Herald-Sun (among multiple media outlets) is rightfully lauding a group of Japanese people for cleaning up the streets of Melbourne. But the Hun is wrongfully claiming they’re tourists. They aren’t. The civic-minded bunch are mostly residents of Melbourne who devote their own time to volunteer and clean up the city in an act…