豪キャブラリー:Rotten

Rottenは、昨日の続き「泥酔状態」を示す言葉。厳密に言えば「腐っている」という意味だけど、オージー英語ではどうにか「酔っ払ている」となった。Rotten drunkを「べろぼん酔っ払ている」として使う場合も多い。

Cop A Gander At These Rippers Too...

  • Crust

    In Strine, your crust is your livelihood, or what you do for a living. For example, “Davo works hard to earn his crust.” ストラインには、「crust」が生活費を稼ぐ方法の意味がある。(英語では、皮やパンなどの耳という意味もある)。例えば、「デーボーはクラストを得るため一生懸命仕事しています」という風に表現する。

  • Strine Dictionary

    A ABC (Aunty) ace akker ankle biter apples abo agro alice ankle biter II apples, she’ll be arvo B bag belt up big smoke boardies brekkie II banana bender belt up II big smoke II bogan brick shithouse barrack belt up III bingle bogan band brizzie barbie berko bingle II bogan bangles budgie smugglers barbie…

  • Der/当り前なこと

    der Australian English A phrase used to belittle somebody who has stated the obvious. Most commonly used by children and teenagers. Similar to asking “Are you crazy?” or “Are you kidding?” after they say something preposterous. 日本語 当り前なこと、言う必要がなく明確なことを言われた時に対して相手を少し見下す表現だ。とは言え、軽い気持ちで言い、特に子供やティーンエージャーがよく使う。「バカじゃないの?」「狂ってんじゃないの?」をいう時と同じ感覚で使われている。 Plain English 1. Yeah, right. 2. Are you crazy? Are you kidding? No kidding. Strine Dictionary

  • Tjukurrpa, Terra Australis, New Zealand, EendrachtslandそしてAustraliaへ

    「オーストラリア」は、ラテン語で「南の大きな大陸」という意味だ。 日本と同じようにオーストラリアも歴代国名も多数ある。 数万年前から今でいうオーストラリアに住んだ先住民たちは「国」というコンセプトさえなかったので、何百もあった部族に暮らし国全体を理解することはなかった。 その変わり、「夢期(ドリーミング)」ということがあった。その「夢期」は、世・存在やすべての物を含めて人それぞれ独自で解釈するすごく抽象的な意味があるが、その中「土」ようは「住む所」などの意味も含めた。その延長で「夢期」と「国」は、ある意味でイコールである。だとしたら、国名と「夢期」が同じであれば無理がない(まあ、あるけどさ、、、言いたいことがわかるよね)。言語も部族によって異なったため何百個もあったので当然言葉が違うが大きな部族の「夢期」の言葉はアレンテ族のTjukurrpa「ジュカーパ」が最もよく使われている例として挙げているじゃないかな? ヨーロッパ人が今のオーストラリアと接するようになるのは1606年のことだった。古代ローマ時代から地球の南に大きな大陸があるだろうと思われて「Terra Australis(南の土地)」と噂したが確実にその所があったかどうか検証できなかった。 しかし、1606年にオランダ人探検家であるWillem Janszoonが今ウェイパというクイーンズランド州の都市であり、ヨーク岬半島に位置し、カーペンタリア湾に面する。乗務員10人が殺されたり、土地があまり良くなくすぐ去ってオランダ領東インドに戻ったが、探検した国をオランダのゼーラント州にちなんで「ニウ・ゼーラント」と名づけた。しかし、その名前が浸透しなかった(後になってオーストラリアの隣国であるニュー・ジーランドで使えるようになったが)。でも、数年間オーストラリアがニュー・ジーランドと呼ばれたのが事実だ。 数年後の1612年10月。同じオランダ人Dirk Hartogが今のオーストラリア北西部にある世界遺産であるシャーク湾周辺に着陸し、3日間探検して初めて同国の一部の地図を作った。その上、別の名前を名づけた。それが自分の船をちなんで、「Eendrachtsland(Eendrachtsの国という意味)」だった。 17世紀前半ではTerra AustralisあるいはEendrachtslandと呼ばれたが、ヨーロッパ人が行くことがほとんどなかった。17世紀後半になると多くのオランダ人探検家がオーストラリアと接し、同国が「ニュー・ホランド(新オランダ)」と呼ばれるようになった。 以降、「ニュー・ホランド」またはTerra Australisと呼ばれた。1770のキャプテン・クック探検及び1788年イギリスが植民地化した後口語では「ボタニー・ベイ(Botany Bay)」と呼ばれることもあったが19世紀に入るとやっと国名を、ラテン語の英語化である「オーストラリア(Australia)」にした。 1824年当時事実上オーストラリアを統治したイギリス海岸が正式国名を「オーストラリア」と認めた。当時、「オーストラリア」は、現在のニュー・ジーランドを含めたの意味だったが1901年オーストラリアの独立・ニュージーランド抜きの連邦化に伴い現在の使用となった。