No Beef About Getting Some Get up and Go!

580498pAussie Beef is, with perhaps Tim Tam bikkies or Uggies in winter, one of the most visibly prominent signs of Australia in the everyday lives of ordinary Japanese.
 平凡な日本人の日常生活の中ではティム・タムビスケットと冬用のUGGブーツに並べてオージー・ビーフが恐らく最も目立つ豪産品であるだろう。
Meat and Livestock Australia has a fine track record for selling Aussie Beef in Japan, dating back to the early 1990s after U.S. negotiators forced the market open in anticipation of selling beef the way the Aussies actually have.
 1990年代前半で市場が自由化された以降豪州食肉家畜生産者事業団がオージー・ビーフ販売の実績を蓄積してきた。皮肉的に、市場参入が可能にした米国側より日本市場で米国産牛肉より意外と売れた。

Uluru shaped from beef for the MLA campaign in Japan.
Uluru shaped from beef for the MLA campaign in Japan.
Now, Aussie Beef has come out with a new promotional campaign centering on the healthier aspects of beef consumption, offering prizes including beef to the equivalent of a single head of cattle or a tour of Australian “power” spots.
 オージー・ビーフがただ今PRキャンペーン中であり、一人当たり牛肉牛1頭分相当及びオーストラリアのパワースポット旅行などの賞品を受賞できる。
Part of the PR campaign running from Aug. 1 to Sept. 30 is a series of commercials featuring some occasionally quirky characters who get their get-up-and-go from eating Aussie Beef.
 キャンペーンに伴ってちょっと変わっているキャラがオージー・ビーフを元気にしてくれるPRをする。

オージー・ビーフ&ラム公式サイト
「オージー・ビーフで元気」キャンペーンサイト

Cop A Gander At These Rippers Too...

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    メン・アト・ワークのメンバーが死亡

    1980年代全世界で大成功したバンドであるMen at Workは、一定の年齢のほとんどのオージーにとって特別な存在である。考えRoo自身も例外ではない。  メン・アト・ワークの現役時代がそれほど長くなかったが、1982年にオーストラリアで発売した「Down Under」が米国をはじめ世界中に大ヒットした。そして、1983年オーストラリアIIがアメリカズ・カップのヨットレースを優勝し、アメリカの132年間同カップの統治にピリオドを打った時に同曲がオーストラリアでまるで国歌のような存在となり、一気にメン・アト・ワークが国民的な英雄のような存在となった。(優勝した当時のオーストラリア雰囲気を説明すると昨年震災直後なでしこジャパンがサッカー女子ワールド・カップを優勝して全国がまるで一つとなって祝った感じが近い。当時豪首相だったボブ・ホーク氏が優勝に対した「今日、ボスが休ませてくれないとくそたれだ」と発言したのは有名な話。当時、高校生だった考えRooはヨットに全く興味ないにもかかわらず学校行く前に優勝した瞬間をラジオで聞き大喜びで祝った覚えがある。)  しかし、そのメン・アト・ワーク、いやオーストラリア全体にに対して大きなショックが起きたのは今年4月19日のことだった。「Down Under」の最も印象的な所だあろうフルートの部分のフルートを吹いたパーフォーマーであるグレッグ・ハム氏が突然死したとのことだ。現時点、心因が不明だが、アルコール関係だとうわさされている。  実は、メン・アト・ワークの黄金時代後ハム氏が色々苦労したようだ。1980年代で稼いだがその後それほど大きな実績がなく印税で暮らして時々演奏などをしたハム氏。しかし、「Down Under」がでて25年目いきなり「フルートの部分がオーストラリアの児童歌の盗作だ!」と主張するレコード会社が現れ、メン・アト・ワークを訴えた。客観的に見ればどうも似てないにもかかわらず2010年の判決ではメン・アト・ワークが敗訴し、ハム氏にとって金銭的及び評判にとっても大きな打撃を与えたそうだ。二人の父となったハム氏は、印税を失い弁護費を背負うようになったので「家を売れないと金がない」ということをいい、多くの知り合いが判決後のハム氏が「欝」「苦しいだ」という。  ちなみに、「Down Under」のおかげでchunderというストライン(オージー英語)が一時期世界中に有名な言葉となった。  ハム氏は、19日付自宅に訪ねた友人が倒れている姿で見つけたが既に死亡だった。58歳だった。 関連記事 Bugger me, Bob! 豪州元首相の豪俗語が外交的な事件になりかけた頃 豪キャブラリー: Chunder

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    Oh, Maggie I Should Have Known! Bubble Era Tokyo’s Aussie Haven

    When I first got to Japan in the late 1980s, Australia was hot property–mainly in a literal sense for real estate investment, but also for honeymooners and koala fans. But finding anything “Australian” in Tokyo was bloody hard and homesickness particularly strong in those days, so I was deeply grateful for Maggie’s Revenge and the kangaroo awning that advertised the establishment. Maggie’s Revenge was an Aussie-themed bar in the Roppongi nightclub district of Tokyo, which was a bit of a drag for me to get to as I was living in the northern part of the capital at the time. Sometimes, you could buy a meat pie there, and always…

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    熱帯雨林地の美味しい宝物のBig Mango

     クイーンズランド州北部にある熱帯雨林地の町ボウエンでは、オーストラリアの熱帯果物の一つであるマンゴを称賛する「Big Things」の一つBig Mangoがある。  大部分が熱帯雨林地である同州がマンゴの他バナナ、パインアップルやパッションフルーツの熱帯果実産地だ。ボウエンでは、マンゴが19世紀後半から栽培するようになって今でもオーストラリアのマンゴ聖地と呼ばれてもいいと思う。  Big Mangoは高さ12メートル、幅8メートルであり、2002年に作られた。ボウエンの中心街から約4キロメートル南の方に位置しているし、近くにスケートボード用の公園があるので、若者に大人気だそう。  ボウエンはBig Mangoの他、綺麗な海などによって有名な観光地である。 大きな地図で見る

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    ゴミ捨て置き場前の観光スポットであるBig Bicycle

     名目上ではオーストラリアの「Big Things」は観光名所として作られているが、ニューサウウェールズ州シドニーの郊外にあるチュロラのBig Bicycleどう見ても違うような気がせざるを得ない。  チュロラは工業地域であり、近くに南半球最大級の墓場であるルックウォッド・セメテリーがある。おまけ、高さ9メートル長さ6メートルBig Bicycleが工業団地内のゴミ処理場前に置かれている。失礼でありながら、ここが観光するところじゃないとしか思えない。  だが、「Big Things」の魅力の一つが存在意味不明であるという観点から見れば、いいじゃないかなと思う。不思議な巨大物の中でこの1997年に作られた異様なオブジェでも居場所があるかも。 大きな地図で見る

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    豪キャブラリー: Scratchy

     なんだかんだ言ってもオーストラリアはギャンブル大国だ。一昔前まで競馬のメルボルンカップのために祭日があるぐらい。そして、オージー同士は壁に登って歩いている2匹のハエのどっちが先に屋根まで登れるかにまで賭けるぐらい賭け事に熱心と言われている。カジノも多くてくじも多様あるので、賭け事は国にとって重要な税収源となっている。そこで、scratchyというくじが出てきて、これは日本のスクラッチと全く同じであり、この種のくじの生まれ親でもある。