モー、、十分か?牛関係のBig Thingsでもオーストラリアに盛ん

The Big Mallee Bull, Birchip, VIC
 オーストラリア経済にとって乳製品・肉食関係などがいずれも重要な分野であり、国及び国民のほとんどに欠かせない存在である。
 なので、オーストラリアでの生活になんらかな不思議な影響がある「Big Things」も当然牛などと関連するものも多数。
 多分、背景が最も面白いのがビクトリア州のバーチップにあるBig Mallee Bull。
Big Bulls in Rockhampton, QLD
 Malleeという言葉をオージー英語でたくさん意味があるが、主に地域や木の種類に使われている。
 そして、fit as a mallee bullという表現は、独特なオージー英語であり、どんな豪州人でも分かるはずだ。直訳すると「マリー地域の雄牛並みの体が鍛えられている」で、意味が「極めて壮健だ」。
 それに因んでビクトリア州のマリー地域にあるバーチップが街のど真ん中に巨大な雄牛を称える。
 問題は、実際にmallee bullという牛が元々存在しない。
 でも、それを別においておいて、他も見てみよう。
The Big Cow, Yandina, QLD
 まずは、北部のクイーンズランド州から始まろう。
 南回帰線にあることで有名な町ロックハンプトンは元々ビーフ産業が栄えている地域である。
 それを称えるため地域の象徴である牛3頭の「Big Things」を町のあっちこっちに設置されたが、一つが朽ち果てたようで現在2頭のBig Bullしか残っていないらしい。
 そう遠く離れていないのが同州ヤンディナ。
 ロックハンプトン同様、この地域も牛産業が重要であり、牛の「Big Things」が作られた。
The Big Bull, Wauchope, NSW (Now gone)
 もう一つの特徴がしょうが農家が多い。
 決してイヤンディナという地域について「しょうがない、な~」と言い難い。
 実にしょうがだらけだ。
 はい、くだらないギャグをやめよう。
 ニューサウスウェールズ州海岸添え北部の町ワーチョープは元々「Big Things」があった町。
 だが、そこにあったBig Bullは、老化で約5年前撤去されたようだ。
 オープンした当時お土産屋やビーフに関する展示があったようだったが、集客力があまりなかった見たい。
The Big Cheese, Bodalla, NSW
 同州南部海岸添えの方へ行くとボダラという町がある。
 ボダラは牛が有名というよりチーズをはじめ乳製品が有名だ。
 そこで同町に巨大なチーズ像がある。
 だが、上記Big Bullと同じようにこれも老朽化し、今一般人がなかなか近づかないようになっているようだ。
 しかし、ハイウェイから良く見えるらしいし、写真も撮れる。
 そして、他の牛などに関連する「Big Things」は、以前に考えRooで取り上げられているものだ。
 今週、話に触れたばかりのBig Cowsがある。
 これらが他数件と一緒にビクトリア州の「Big Things」都であるフィリップ島にある。
 同島のニューヘーブンという町にある。
The Big Cows, Newhaven, VIC
 (皮肉的にカウズ<牛の複数形>でありながらカウズという町がとなりにあってにもかかわらずそこで立てられなかった。)
 そして、ほぼオーストラリア全国に渡って西オーストラリア州へ。
 ここにはCow on the Cornerという巨大な牛がある。
 このデカイ牛はブランズィック・ジャンクションという町にあってにも関わらず、日本と深い関係がある。
 日本で発売されているLady Bordenアイスクリームが元々この地域に作られて1990年代以降輸出された。
Cow on the Corner, Brunswick Junction, WA

Birchip (includes Big Mallee Bull footage)

Cop A Gander At These Rippers Too...

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