Cop A Gander At These Rippers Too...

  • 豪キャブラリー: Jelly-bubbler(ジェリー・バブラー)とは?

    見た目はきれい。でも絶対に触ってはいけません。 海岸に、青紫色の半透明の風船のようなものが打ち上げられていました。 子どもなら拾いたくなるかもしれません。 でも、それは Jelly-bubbler(ジェリー・バブラー) かもしれません。 これはオーストラリアで Portuguese man-of-war(カツオノエボシ) を呼ぶ、親しみのある俗称です。 美しい見た目とは裏腹に、長い触手には強い毒があり、刺されると激しい痛みを伴います。 触手は数メートル、時には数十メートルにも達し、浜辺に打ち上げられた後でも毒性が残っています。 夏のオーストラリアでは、海水浴場の注意看板にもよく登場する危険な生き物です。 豪キャブラリー 英語 Jelly-bubbler 意味 カツオノエボシ(Portuguese man-of-war)のオーストラリアでの呼び名。 例文 Watch out for jelly-bubblers today. 「今日はカツオノエボシに注意してください。」 豆知識 名前に “jelly” が入っていますが、クラゲではありません。 複数の生物が集まって一つの生き物のように見える「群体生物」です。 考えRooの考え

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    豪政府の完全敗戦だったエミュー大戦争

    オーストラリアが独立した1901年1月1日時点には、南アフリカにてボーア戦争に参戦し、現在に至るまでさまざまな戦争や紛争に戦い、決して「平和的」な国とは言い難い。20世紀に渡って第一次・第二次世界大戦をはじめ朝鮮戦争、マレーシア紛争、インドネシア戦争、ベトナム戦争に参戦した上、21世紀になったらアフガニスタンとイラク戦争にも参戦した。軍事力はそこそこ評価されるが、参戦した戦争の中ではオーストラリア軍がものすごく恥をかかされたのは特に一戦が目立つ。それは1932年のエミュー大戦争だった。おまけ、オーストラリア軍に対して戦勝した相手がエミュー、、、国家鳥だ。  事態は今からちょうど79年さかのぼって世界恐慌下で起きた。戦場が西オーストラリア州マーチソン地区だった。いつもより熱かった夏によりオーストラリア国紋章にある国家鳥エミューの繁殖がさかんとなり、農産物を大量摂取することになった。すでに経済的に苦しんでいる農家を中心に事態に対して連邦政府(国)に対策を実施するようにプレッシャーをかけるようになった。  オーストラリアでは政治的権力が今も昔もある農家を政治家が無視できない。選んだ対策はオーストラリア軍の動員だった。  1932年11月上旬のある朝、王立豪州大砲部隊約50兵がG.メレディス大佐下でおよそ20万羽のエミューと戦う。部隊は、トラックに取り付けられた機関銃で国家鳥と向き合う。  エミュー群は池で水を飲もうとしたところ軍が突然開戦し、機関銃で全開鳥に向かって打つ。  しかし、エミュー群が広げて鳥があっちこっち走り回って、打たれた鳥の数はほんのわずかしかすぎなくて、ほとんどのエミューが見事に逃げた。  同日午後、部隊が再び集合し、もう一回攻撃をしようとした。しかし、機関銃の音でまた鳥が走って逃げて、結果的に何万羽の鳥中、殺されたのが数羽しかなかった。  豪軍部隊が撤退し、エミューが思う存分農産物を餌にし続けた。  約1週間後、メレディス大佐がまた先頭に再び豪軍がエミュー群と向かって機関銃で乱射したが、また効果がほとんどなく、もう1回エミュー群のほとんどが逃げた。2回戦って約2万弾を使用した結果エミュー数百羽しか殺せなかった。  「この鳥のように弾に対しての力があった部隊があれば世界中のどんな国の軍隊に対して争える。機関銃に対して戦車並みの力がある」とメレディス大佐が敗戦を認めた。  これが起きている時、遠いキャンベラの国会ではエミュー大戦争に対して大騒ぎになった。国防相(当時)ゴードン・ピアス氏が豪軍敗戦を認めて、戦場から撤退の命令を下した。それに対してエミューの反応が未だに不明だが、以降数十年同地区では農家の大迷惑をかかったのは間違いない。  敗戦後、農家が1948年まで3回も連邦政府のエミュー対策を要請したが1932年の敗戦を背景に毎回拒否し、エミューの完全勝利となった。  

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    カンガルー・コンドームでオリンピック準備委員会がもめる

     カンガルーがロゴとしたコンドームがいきなり2012年ロンドンオリンピック選手村に表れ、ロンドン五輪準備委員会はもめているとオーストラリア紙The Ageが8日報道した。  選手村の中では公式スポンサーでないオーストラリア製のアンセル避妊具が表れ、オーストラリアの象徴一つボクシングをするカンガルーのポスターが貼られ、「ダウン・アンダー」というオーストラリアのニックネームひとつと陰部が同意味であることにかけて言葉遊びもした。  ロンドン五輪準備委員会は、同避妊具が公式なスポンサーのものではないため撤去するという。カンガルーコンドームについてコメントを控えた。  今大会では、相次いで開催者がコンドームに関して頭が痛くなった。7月26日までに選手村向けにコンドーム15万個を用意して配ったが、7月30日までに「供給不足」となり、追加の準備に追われていたという。

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    How Did A Japanese Kid Who Spoke No English Fundamentally Change Aussie Culinary Culture?

    一人の若い日本人シェフは、どうやってオーストラリアの食文化を変えたのでしょうか? When Tetsuya Wakuda arrived in Australia, he spoke little English and had no reputation. Today he is recognised as one of Australia’s greatest chefs, proving that friendship between nations can sometimes begin in a kitchen. ほとんど英語を話せないままオーストラリアへ渡った一人の日本人青年。後に和久田哲也さんは、オーストラリアを代表するシェフの一人となり、料理を通じて日豪の交流を深める存在となりました。 A new life in Australia オーストラリアで始まった新しい人生 Wakuda was born in Hamamatsu, Shizuoka Prefecture, in 1959. At the age of 22 he moved to Sydney, seeking new opportunities. With little English but a determination to learn, he began working in restaurant kitchens, where his talent quickly became clear. 和久田さんは1959年、静岡県浜松市に生まれました。22歳でシドニーへ渡り、新しい人生を歩み始めます。英語はほとんど話せませんでしたが、料理への情熱と努力で、その才能はすぐに高く評価されました。 Japanese precision meets Australian ingredients 日本の技とオーストラリアの食材が出会う Rather than simply cooking traditional Japanese food, Wakuda combined Japanese techniques with Australia’s exceptional seafood, meat and fresh produce….

  • 豪干ばつで「ゾンビ・カンガルー」が表れた!

     オーストラリアニューサウスウェールズ州全体が干ばつ状態と州政府が宣告した。  非常事態となっている。  干ばつそのもの記録的に悪い。  農業などが苦しんでいる。  家畜をはじめ、動物続々と飢えている。  そのうち、ニューサウスウェールズ州西部には立ったままのカンガルーの骸骨が見つけられた。  まるでゾンビ・カンガルーに見えている。  国政府が地球温暖化に消極的な姿勢を示しているので、農家に助成金を大量にばらまいてものの、環境対策が不十分と批判の声が多い。