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    日豪関係の論文で50万円懸賞

     日豪経済委員会では、設立50周年を記念して、日豪関係をテーマにした懸賞論文の募集をしている。   日豪両国関係についての意識を深める機会として、広く学生・社会人の皆様の積極的な応募を呼びかけている。  日豪経済委員会会長賞は、賞金50万円であり、副賞が日本・シドニー往復航空券+3泊宿泊代。また、審査委員長賞は、賞金20万円で副賞が日本・シドニー往復航空券+3泊宿泊代。  日本語で1万字・英語4,000ワードまでの論文を募集中。締切は5月31日。  詳細は日豪経済委員会50周年懸賞論文のお知らせまで。

  • 第33回日豪合同セミナー実行委員会が6月に開催

    第33回日豪合同セミナー実行委員会が6月16日(土)~17日(日)東京八王子市にて開催することになっている。  開催者である日豪合同セミナーによると、次の趣旨で議論等が行う。 日米豪が太平洋の防衛ラインを強化すれば、中国はロシアと青島沖で軍事演習を実施。日本がTPP(環太平洋戦略的経済連携協定)への参加を検討すれば、中国は日本、韓国とのFTA交渉を打ち出し、東アジア広域自由貿易構想にも前向きな姿勢を示す。  外交、貿易、安全保障などでどこと組むか?21世紀の枠組みを巡って微妙な交渉が繰り広げられている。今年のセミナーは日豪関係をカギにして、揺れ動く国際関係を考えたい。  第33回日豪合同セミナーについて詳しいことはウェブサイトまで。

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    ボクシングをやるビッグ・ワニ

     一昔前オーストラリアと言えば「ワニ」と思い浮かぶ人が居るかもしれない。1980年代ではあの有名なオーストラリア映画「クロコダイル・ダンディー」が日本を含めて世界中に大ヒットした上に、日本ではあまりなじまなかったがアメリカを中心にワニ・ハンター故スティーブ・アーウィン氏が1990年代後半から200年代の半ば頃の間一世風靡をした。なのに、オーストラリア最北部の近くに違う形のビッグ・スターワニの存在もある。それはビッグ・ボクシング・クロコダイルであるのだ。  ビッグ・ボクシング・クロコダイルは、オーストラリアの「Big Things」の一つである。高さ・長さいずれも8メートルの巨大ワニは、「Big Things」らしく特定な役割がまったくないが、一応ガソリン・スタンドの近くにあり、世界遺産であるカカドゥ国立公園へ行く道の途中でもある。 ビッグ・ボクシング・クロコダイルはオーストラリア北部のノーザン・テリトリー州に1980年代に作られて、現在多くの観光客にとってほぼ他に何もないところの唯一の思い出となるかもしれない、、、 View Larger Map

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    豪首都の(ちょっとがっかりする、、、)巨大キノコ

    オーストラリアの首都でありながら、キャンベラが行政を中心となっている人工都市であり、人口が30万人強で決して大都会と言い難い。  他の州などに比べてキャンベラが置かれているオーストラリア首都特別地域(ACT)でも小さく、人口密度も低いから比較的にオージーらしい「Big Things」が少ない、、、というか、一つしかない。それはキャンベラのBig Mushroomである!  じゃ、量より質という観点から見れば首都を代表する「Big Things」は間違いなく立派なものだろう、、、とも言い難いね。  あの、実はビッグ・マッシュルームが8メートルの幅があり、高さ5メートルもあるので、大きいと言えば大きいだが、キノコの下に子供の遊び場となっているので、ちょっと圧迫感を与えるかもしれないので、他の「Big Things」ほど目立たない。でも、キャンベラの一角の買い物楽園であるベルコネン・フレッシュ・フード・まーケーツの象徴となっているし、1998年開設した当時ACT知事が公式に開設したということである意味魅力あると言える。 Belconnen Fresh Food Markets View Larger Map

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    泥酔Big Kangarooが人々を歓迎するようになった

    カンガルーはオーストラリアそのもののシンボルでありながら考えRoo.comの象徴でもあるため、今回の「Big Things」は南オーストラリア州のビッグ・カンガルーを紹介したいと思う。  ビッグ・カンガルーは南オーストラリア州と西オーストラリア州の境界村であるボーダー・ビレッジに設置され、高さ5メートルもあり缶を片手に持っている。オーストラリアが1987年にアメリカス・カップのヨット・レースを開催する前にボーダーの町おこしの一環として1986年に作られた。  珍しく、ビッグ・カンガルーもニックネームがあり、ルーイ2世だという。ルーイ1世は、元々手に持った缶がビール缶だったため、村に対して与える印象が酔っ払いと近すぎるじゃないか、という恐れがあった。そのため、作り変えてジュースの缶に変えたとともに新しい名前も与えられた。 大きな地図で見る

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    元祖Big Bananaが豪のBig Things原点だ

     オーストラリアの「Big Things」現象は、1964年ニューサウスウェールズ州北部のコッフス・ハーバーにあるビッグ・バナナで始まった。  同町が熱帯地にあり、ビッグ・パイナップル同様に熱帯地果物産地だ。が、1960年代に入ると格安の輸入品に対しての競争力低下などがあり、綺麗な海岸や海を生かせて観光地として生まれ変わろうとした。その結果がなんとビッグ・バナナだった。  元祖ビッグ・バナナは長さ13メートルと高さ5メートルである。中に入り、近くにバナナ農園かお土産屋や乗り物及びウォータースライダーがあり、立派な観光地となっている。その他、まねするビッグ・バナナが他の地域にもできた(別途で後日お話しするね!)。 View Larger Map Big Banana Official Website

  • Fleeing Kangas Give Japanese Drivers a Roo-ed Shock

    Four kangaroos escaped from a farm in the Chiba Prefecture town of Tomisato, east of Tokyo, on Friday, hopping wild on the roads for a few hours before being captured unharmed, police said. The kangaroos were being bred by a Tomisato-based trading company. A keeper apparently forgot to lock the roos’ cage on Thursday night and the marsupial marvels decided to take a look around the local surroundings. None of the kangaroos were injured during their brief foray into freedom. The owner of the farm where the kangaroos were being kept apologized. カンガルー4匹逃亡 投稿者 samthavasa

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    The Multi-Function Polis: 日本の新型都市をオーストリアで建設計画

     それほど遠くない昔前、日本が「日本の新型都市」をオーストラリアで建設する計画があったのは知っていた?  その都市はサンフランシスコのジャパン・タウンかロサンゼレスのリットル・トーキョーのような日本人や日本が大きく影響与える町の一部なところではなく、日豪政府が合同で運営する新しい都市を一から作ろうという大きな計画だった。また、その都市は当時の最先端技術を全面的に活用しようという予定だった。これはマルチ・ファンクション・ポリス(MFP)という都市だった。   オーストラリア政府が1980年代の半ば頃日本政府にMFP計画を発案した。当時、白豪主義などでずーと避けようとしたアジアに対して近づこうと豹変したオーストラリア政府の考えだった。日本がプラザ合意直後円高が続き40年間に及ぶ経済成長が絶好調に進みさらに一層景気が発揮するところだった(その「発揮」がバブルだということは後になった分かったが当時は「ジャパニーズ・ミラクル」として見られたのは忘れちゃいけない。)  日本が半導体などの世界的なリーダーであったので最先端技術及びその都市のブレーンなどを供給し、オーストラリアが場所を提供すると両国が合同で資金を出し、合同で運営する都市という計画だった。両国が計画に関する協議などが進み、候補地になるためオーストラリア各地で激しい競争を行い、最終的に南オーストラリアの首都であるアデレード市の郊外で作ろうとした。  しかし、オーストラリア国内での反発が激しかった。当時まだ潜在する反日感情が沸き、表でも与党党首だったアンドルー・ピーコック氏や復員兵が構成するRSL会長のアルフ・ガーランド氏を先頭に「あの都市がアジア人の居留地しかならん」など、反MFP計画勢が計画の反対を示し、なかなか進めなかった。  結局、時間が経つと共にオーストラリア政府の動きが鈍くなる。1980年代後半オーストラリアが深刻な不況に落ち、バブル絶好だった日本がその半日感情を考慮し強い後押しを控えた。最後に、反対の声が強すぎ、バブルが破壊し、計画が元通りで進めなくなって今では忘れられている日豪関係のエピソードのひとつである。  ちなみに、連邦政府がMFP計画を断念したけど、1998年に南オーストラリア州政府が独自で同計画を部分的に使いMFPの候補地でMawson Lakesという新型地域を建設した。でも、もう日豪合同都市という夢が絶望となって、日本でもオーストラリアの連邦(国)政府のいずれも関係なかったけどね、、、 この話しをさらに読みたいなら考えRooが下記のサイトをお勧めします。 マルチ・ファンクション・ポリス(MFP)(English) グローバリゼーション下の国際協力政策 ――MFPの事例――(日本語)

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    メン・アト・ワークのメンバーが死亡

    1980年代全世界で大成功したバンドであるMen at Workは、一定の年齢のほとんどのオージーにとって特別な存在である。考えRoo自身も例外ではない。  メン・アト・ワークの現役時代がそれほど長くなかったが、1982年にオーストラリアで発売した「Down Under」が米国をはじめ世界中に大ヒットした。そして、1983年オーストラリアIIがアメリカズ・カップのヨットレースを優勝し、アメリカの132年間同カップの統治にピリオドを打った時に同曲がオーストラリアでまるで国歌のような存在となり、一気にメン・アト・ワークが国民的な英雄のような存在となった。(優勝した当時のオーストラリア雰囲気を説明すると昨年震災直後なでしこジャパンがサッカー女子ワールド・カップを優勝して全国がまるで一つとなって祝った感じが近い。当時豪首相だったボブ・ホーク氏が優勝に対した「今日、ボスが休ませてくれないとくそたれだ」と発言したのは有名な話。当時、高校生だった考えRooはヨットに全く興味ないにもかかわらず学校行く前に優勝した瞬間をラジオで聞き大喜びで祝った覚えがある。)  しかし、そのメン・アト・ワーク、いやオーストラリア全体にに対して大きなショックが起きたのは今年4月19日のことだった。「Down Under」の最も印象的な所だあろうフルートの部分のフルートを吹いたパーフォーマーであるグレッグ・ハム氏が突然死したとのことだ。現時点、心因が不明だが、アルコール関係だとうわさされている。  実は、メン・アト・ワークの黄金時代後ハム氏が色々苦労したようだ。1980年代で稼いだがその後それほど大きな実績がなく印税で暮らして時々演奏などをしたハム氏。しかし、「Down Under」がでて25年目いきなり「フルートの部分がオーストラリアの児童歌の盗作だ!」と主張するレコード会社が現れ、メン・アト・ワークを訴えた。客観的に見ればどうも似てないにもかかわらず2010年の判決ではメン・アト・ワークが敗訴し、ハム氏にとって金銭的及び評判にとっても大きな打撃を与えたそうだ。二人の父となったハム氏は、印税を失い弁護費を背負うようになったので「家を売れないと金がない」ということをいい、多くの知り合いが判決後のハム氏が「欝」「苦しいだ」という。  ちなみに、「Down Under」のおかげでchunderというストライン(オージー英語)が一時期世界中に有名な言葉となった。  ハム氏は、19日付自宅に訪ねた友人が倒れている姿で見つけたが既に死亡だった。58歳だった。 関連記事 Bugger me, Bob! 豪州元首相の豪俗語が外交的な事件になりかけた頃 豪キャブラリー: Chunder

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    洗濯物が干せる豪州象徴

    オーストラリアの象徴と言えばカンガルー、コアラ、シドニー・オペラ・ハウス、グレート・バリアー・リーフ、洗濯物が干し台のヒルズ・ホイストなどたくさんある。あら、ちょっと待って!カンガルーなどが分かるが、選択物干し台?いったい何なんだろう?まさか国の象徴じゃないだろう? いや。最初の言ったとおりだよ。ヒルズ・ホイストという選択物干し台が間違いなくオーストラリア国内では国が象徴する物の一つである。日本でのヒルズ族と一味違うヒルズなんだけどね、、、  ヒルズ・ホイストは19世紀末アデレード近くに発明し、も早オーストラリア・ニュージーランド全国に広がり、今も欧米ではよく見られる。何千万台を売れたらしい。特徴はたくさんある。まずは、高さが調整できる。そして、回転式なので、数が吹くとぐるぐる回り洗濯物が早く乾く。最新モデルは解体可能式であり、使う必要な時意外設置しないでスペースも使わないで済む。おまけ、(親が見ていない間だけど)子供たちの遊び道具にもなることが多い。土地の広いオーストラリア郊外の家のバックヤードに必ずと言っていいほどある。そのため、現代オーストラリアの象徴の一つでもある。  日本でも販売しているようで、販売元のビデオをぜひ一度見てみたらもっと分かりやすいかもしれない。